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13.鑑定士と英雄、三度目

「ここにいたか!」


 クリスたちの斜め後ろから声がした。

 横目で振り替える。すでにここまで来ているか。

 ヤナが離れたせいだろうか。少しいらだちつつ、クリスは言う。


「ベルマン」


「はい、ボス」


 ベルマンは慣れた仕草で上着を脱ぐ。それが彼の秘匿技能の出し方だった。

 上着が落ちると同時に彼の姿形が変わる。クリスは通り過ぎながら、空中を舞った上着をつかみ、そのまま走る。


 ――そのむかし、建国の祖が編み出したという獣化。


 強大な力を持つ故か獣化を得ることができるのはごく少数。その力は年々数を減らしたが、ベルマンはその末裔の生き残りだった。

 彼の姿が地面に近づき、大きな犬――それはオオカミに近いものとなる。毛が逆立ち、瞳が炯々と光る。

 クリスとヤナの契約は、魔力と秘匿技能の強化が含まれている。それはクリス個人だけではなく、クリスの周りにいるものにも作用する。

 ジュベールもベルマンもそれで力を伸ばしている。


「ぐあっ」


「どうしてここにオオカミが⁉」


「銃が撃てないぞ!」


 その制服は黒ではなく青だ。保安部ではなく、軍部だろう。

 魔具持ちの英雄や古代遺物を使いこなせるようなものでないかぎり、ベルマンを止めることはできない。


「まさかあれ獣化……!?」


 ベルマンが蹴散らす。血は出ない。鋭い爪は使っていないのだ。ただ、圧倒的な力で人々が空を舞う。


「だけじゃなくってね!」


 ジュベールが笑う。

 彼は上着の内側――取り付け型の古代遺物であるポケットからいくつもの握りこぶし大のもの。煙幕を取り出し、投げ出る。


「殺傷は避けろ」


「目にしみる程度ですよ」


 クリスの言葉にジュベールは笑った。

 確かにジュベールが投げたもので軍人たちが咳き込み、目を覆っている。

 クリスは周囲を伺う。


(銃はヤナが無力化していったから、何人いても脅威ではないはず)


 魔力を入れるだけで使うことができる古代遺物やその複製品は、逆を言えば、魔力を籠めることが出来なければ、使うことができない。魔法の使い方に長けたものであれば介入することができる。悪魔ほど魔力、魔法の扱い慣れたものはいない。

 ただし、魔具は意思を持つため、介入できない。


(新国家政府の中で魔具を使えるのは革命家と英雄だけ。革命家は足を悪くしてから、現場には出ていない。だから、こちらが注意すべきなのは、英雄ただ一人)


 そう思った瞬間だった。


「ここは俺に任せろ。こいつは魔獣か⁉それとも、人間か⁉」


「英雄が来たぞ!」


「場所を開けろ!」


 聞こえた声にクリスは目を細めた。

 ローグ・フォルード、また奴か。


「このッ」


「ガウルルルル‼」


 ベルマンのうなり声とローグの声にクリスは振り返る。

 立っているのは二人だけだ。ローグの槍は身の丈を越える高さにも関わらず、悠々と槍を振り回し、食らいつくベルマンを振り払う。ベルマンは壁を蹴り、ローグに牙をむく。袖に食らいつくも振り払われ、それでも再び食らいつく。


(分が悪い)


 ベルマンは強い。しかし、魔具持ちの英雄と戦うには荷が重い。

 クリスは、後からベルマンに文句を言われるだろうな。と思いつつ、全身で振り返る。

 スカートのすそが広がり、足がもつれそうになりながらも叫んだ。


「ローグ・フォルード!」


「その声は……」


 効果てきめんだった。英雄は足を止め、クリスを見る。


「クリス‼なんでそんな服、君はメイドだったのか⁉いやそんなまさか――」


 呆然と立ち尽くすローグにベルマンが体当たりした。二人はもつれ込むように窓の外に落ちる。


(二階から落ちたところでベルマンもローグも怪我一つしないだろうな)


 ふんと小さく鼻息をつき、身をひるがえす。


「……ボス!はやく!」


 ジュベールに促されるまま、裏門へ向かう。何度か追いかけてくる者たちに煙幕を放ち、切り抜ける。

 裏門には人の姿はない。人払いの呪術でもかけられているのかもしれない。すでに逃げているだろうが、ここはミドラ商会――呪術師の流れをくむものの屋敷だ。


(人数は少ないな。ここまで来て魔女が現れないのは遠隔での魔法だったか)


 ローグと魔女が出ている以上、戦力的には万全だが、人員不足は時間がなかったのか、隠密行動なのか。

 クリスは促されるまま馬車に乗る。生きた馬はおらず、乗ったものの魔力で動く。古代遺物の複製だ。


「準備がいいな」


 つぶやいた声にジュベールが笑った。


「そうですね、様々な可能性が考えられるからでしょう」


 馬車は隠形となっているようだ。

 ジュベールは黙り込んで、目を閉じる。探索しているのだ。そして、目を開けた。


「もう、大丈夫そうですね」


「そうか」


 クリスはうなずいた。


「もう、ベルマンの追いつく頃でしょう。人影も見えないですし。馬車はこのあたりでおいておきましょうか」


「ああ」


 馬車を出ると、予想通り、走る獣が近づいてきた。

 クリスたちの姿を見ると速度を落とし、止まり、一瞬で人間に戻る。

 クリスはベルマンに上着を渡した。


「二人は大丈夫っすか」


「大丈夫だ。そっちは?」


 ジュベールの問いに、ベルマンはうなずく。


「もう撒いたから、まぁ、このまま行けば追いつかれないと思いますよ」


「ベルマン、傷が」


「……大丈夫です」


 右袖が破れ、血がにじんでいる。ベルマンはクリスの顔を見ない。何も言わずに歩き始める。


「……そうか」


 クリスはその背を追った。

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