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12.鑑定士と商人

 郊外にその家はあった。

 屋敷を囲う塀は高く、少し古びており、紋章を外した後がある。以前は由緒のある貴族階級の持ち物だったのだろう。

 この屋敷の今の主は、又借りを重ねて身元を明かさないようにしつつ、簡易な倉庫や密会場所として使用しているようだ。

 壁の中に入ってしまえば、華美にならぬ程度に整えられた屋敷がクリスたちを迎え、資産はあるが、あえて塀を直していないのだろうと考えられた。

 三人の乗った馬車は依頼主によって用意されたものだった。

 玄関に止まり、降りると無言で去って行く。見送る前に玄関で待ち構えていた女が腰を曲げた。


「ようこそいらっしゃいました」


「今日はよろしくお願いします」


 ジュベールが言った。

 クリスはやり取りをするジュベールの後ろから、女を見た。

 トオゴという、ここのミドラ商会支所の代表だった。以前も見たことがある。

 うさんくさいと言ってしまえば非常にあっさりしすぎていてよろしくないのだろうが、実際にそう思うのだから仕方ない。

 若いはずだが、化粧が厚く、年齢がわかりづらい。

 ミドラ商会は基本的に同族運営ということで、皆が皆似たような外見をしているし、その外見をさらに衣装やら化粧やらで似通わせて個を殺す独特の風習がある。さらには名前も本名ではなく字名だという。

 服装もこのあたりで見かけるものではなく、やけに帯と独特の襟もとの東方の民族衣装を元としたものとなっている。


(本名を知られないようにするのは東方呪術的に重要なことだといっていたか)


 クリスは目を伏せながら思う。


「以前は確かクリス様が鑑定してくださったのですが、今日はいらっしゃらないのですか?」


 話を振られたベルマンが首を振る。


「他にも仕事が立て込んでおりまして。われらの鑑定はみな一定水準を誇っています」


「そうですか」


 ジュベールの説明に女は眉を下げた。そして、今気づいたかのようにちらりとクリスを見た。

 背筋を伸ばしてから、お辞儀の姿勢をとる。


「ところで、そちらの方は?」


 クリスは、トオゴの言葉に返答せず、ただ目を伏せる。代わりにジュベールが言った。


「雑用係です。修行中の身でして」


「そうなのですか。その服も?」


「……ハイ」


 ジュベールの声は固かった。


 そんなわけあるか。

 普通は弟子にしたって侍女にしたって修行中にしたって、こんな本格的な侍女服を来ているものはいない。

 それこそ、古臭い慣習に縛られていた革命前の王宮勤めの侍女たちくらいだ。


「最近の流行りなんだ」


 ベルマンはジュベールを遮るように、クリスをかばうように前にでる。


「禁欲的な感じが逆にいいんだ。真面目さもアピールできる。君たちミドラ商会系列も皆同じ服装で統一されているだろう。やはり、統一性を持った服装は逆に個性を強調するだろう?」


「まぁ、そうともいえますが……」


「俺としては、そういう服関係にも興味があるんだ。もし良ければ話を聞かせてもらっても――」


「ベルマン、今日は確認の日です。新しい商談にしたいのであれば後日、改めてのほうがよいでしょう」


「はい、次はちゃんと資料も集めますよ。お望みでしたら」


 ジュベールは言った。ベルマンの勢いに押されかけていた商人は引き気味に言った。


「そうですね」


 妙に嬉しそうにいうベルマンの背中を眺めながら、クリスは息をつく。


(本気か演技かはわからないが、助かったな)


「――周囲は探りましたが、この屋敷には我々と彼女しかいません」


「そうか」


 ジュベールは閉じてた目を開ける。クリスはうなずいた。


「私たちの事情はどうでもいいでしょう。私たちは貴方の望む技能を持っている。それだけで十分のはずです」


「まぁ、そうですね!こちらです」


 トオゴは疑問など消し去ったかのような顔で手を合わせてから、仰々しく頭を下げて三人を屋敷に招き入れた。




「これらになります。一部ですが。すべてが古代遺物という訳ではないと思うのですが、私たちには詳細が不明でして。変に魔力を込めるのも危険なので」


「これで一部となると、確かに数が多いな」


 商人の言葉にベルマンは感心の声を上げた。

 確かに。とクリスは見渡す。


 食堂と思われる部屋には二十人ほどが座れるほどの大きな卓があり、その上に布が敷かれ、五個、指輪や袋、鎖につながれた石が置いてある。


(古代遺物だな、珍しい種類のものではないが)


 商人は古代遺物なのか不明だと言っていたが、見る限りどれも古代遺物のようだ。


(火付け、四方袋、魔法鍵に指輪か。確かに海に沈んでいた割には状態がよさそうだな。質のいいものなのだろう。魔力を籠めればすぐ使えそうだ)


 古代遺物は古代においてはただの日用品だ。古代船に乗っていたものたちが持ち込んだ日用品がそのままここにある。

 そもそも複製が世間に現れたのは革命の直前。

 革命軍はどういった伝手か、いち早く複製品を多量に手に入れることができたからこそ、勝算をえたのだ。


 船が沈んだ当時はそんなもの一般的ではなかっただろう。古代遺物など庶民では一生に一度見る機会があるか。あった場合は、たとえそれが大した意味を持たないものだとしても、古代遺物というだけで家宝として扱われる。


 それを考えるとこれが一部となると確かに大豊作だろう。


「この量だと残りの古代遺物の中には魔具も含まれているかもしれないな」


「そうですね、ただ、一応これらは魔力は込めてはいないものの持つことができたので……これらの中には魔具は含まれていないはずです」


 古代遺物は誰であれ、魔力を入れることさえできれば拒否されることはなく、使用できる。

 使用用途がわからない古代遺物など博打なので普通の人間であれば、使用用途を確認されるまで魔力をいれることはないが。


 だが、魔具は使用者を自己で選ぶ。

 魔具は古代遺物の中でも特に強力で意思があるもの。魔具は使用者を選ぶ。

 選ばれさえすれば、魔具が話しかけてくるという。

 そのため、使用方法もすぐにわかるのだが、気性の荒い魔具を不用意につかめば意識を奪われる可能性もあるため、慎重を期さなければいけない。


「じゃあ、とりあえず、鑑定するか」


 ベルマンの言葉にうなずいて、商人はドア外に下がった。しかし、ドアを開けたままそこにいる。


(本当なら出て行ってもらいたいが)


 あちらも商売だ。何かかすめ取られないかの用心のための折衷案だった。

 いつものことなのでクリスは無視してベルマンの後ろにつく。

 ジュベールは窓のそばに立つ。探索で感知内に敵が来ないか警戒するためだ。

 ベルマンとジュベールであれば、ジュベールのほうがベルマンよりも鑑定が得意だが、今回はベルマンの練習も兼ねている。


「……すでに鑑定は終わっている」


 振り返ったベルマンにうなずく。ベルマンは鑑定を始めた。


 ――つまんないわね、なんかこう、変なやつないの?この間のよく機能がわかんなかったやつみたいいな。


(そうはいっても、そうたくさん性別を変えてしまうほどの機能をもつ古代遺物があったらたまったものではないだろう)


 ――ええー私はいいのに。


「君がよくてもな」


「……どうかしましたか?」


 やけに近くから商人の声が聞こえた。振り向くといつも何かトオゴは部屋に入り込み、クリスの真後ろにいた。


(気配がしなかった)


 揺れる感情はヤナが喰らう。クリスは表情を変えずに首を振った。


「いえ」


 トオゴはまじまじをクリスを見た。


「貴方の肌は透き通るように白く、髪と瞳の色は見事な金と青ですね。……知っていますか?失われた第三王子も貴方と同じ色合いをしていたようです」


「……貴族には、同じ色合いを持つものが多かったと聞きます、ベルマン様もジュベール様も、私と同じように色素が薄い」


「そうですね。失礼しました。でも……まったく同じ色合いなのは珍しい。彼は有名ですから。知っていますか?新政府側にもいわゆる平民たちの間でも建国の父、魔術王の再来として第三王子が現れるのを願う人がいるそうですよ。大人になった第三王子はきっと、そういう方々の願いをかなえるような素晴らしい成長を遂げているでしょうね」


 トオゴは笑う。


「……革命時に王族は全て死んだと聞いています。生き残ることができなかったと」


「その話はよく聞きますね。でも!助けたものがいたら?第三王子は牢屋から一晩にして消えたといいます。もし彼が生きているならば、ぜひお会いしてみたいですね」


 ベルマンが咳払いする。

 クリスは表情を消したまま、トオゴのそばを外れる。トオゴは笑みを浮かべたままだった。


(まったく、王家王家と繰り返されるな)


 ――まー、革命でうまく行ったやつも入れば、そうでないのもいるしね。みんな何かを逆転しうる勝ち馬候補がいれば、それに飛びつきたいのさ。


(勝手なものだな)


 ヤナと話しつつ、クリスはトオゴから遠ざかる。

 また邪魔されるのはごめんだった。

 ベルマンは自身の鑑定を終えると商人に声をかけ、部屋を移動する。

 小さな応対間だ。向き合うソファーにベルマンが座り、クリスがその後ろに立つ。

 ジュベールはもう一度見回ってくると出て行った。


「で。俺の方はこんなもんかなって」


 ベルマンの出した金額をみて、クリスはうなずく。

 クリスの鑑定は正確な特殊技能で行うものだ。

 その古代遺物の価値というよりも、その古代遺物が何に当てはまるのか、どのような効果があるのかと正確に知ることができる。頭に浮かぶのだ。

 価値、―‐査定金額や供給、買い手の求めるものか、そういうところは日ごろから情報収集を行い、知識として頭にとどめておかなければいけない。

 

 しかし、クリスと違って特殊技能で鑑定しないベルマンは、本来の一般的な方法――古代遺物の特徴や魔力を吸わせたときの感触で鑑定をする。

 雑な面もあるが、勘が良く興味がある分野においては勤勉なベルマンの鑑定結果はクリスの納得のいく範囲だった。


「それでいいだろう。あとは、その本命の沈没船を鑑定する日程だな。」


「沖合にあるんですよね?船を出してもらわないといけないよな。時期的にはまぁ、あいていますね。ボス」


「なんだ」


「その」


 クリスの問いかけに言い出したベルマンが黙り込んだ。

 いつもの調子にのったような声ではなく、迷うような、悲しむような声で。


「どこかに、いってしまうんですか」


「なぜ」


「なんとなく」


「……」


 クリスはベルマンをみる。

 ソファーに座ったベルマンはクリスを見上げる。言葉とは裏腹にまっすぐな視線は迷いがない。思わず視線をそらす。

 ベルマンの笑う気配がした。


「俺は、別にいいですよ。というか、いいも悪いも言える立場ではないんですけど」


「……」


「あの子はもう一ヶ月後にはアカデミアに行くんですもんね。そうなると、貴方はこの国にいる必要はなくなる。あとあなたが心配するのは俺たちくらいでしょう?俺は、ボスがやりたいことをやって欲しいです。確かに秘匿技能を持つ俺たちを隠し続けて、そのうえで能力を生かすのはこの方法しかなかったかもしれない。でも、ボスの能力ならばれずに力を使う方法なんていくらでもある。俺たちに縛られる必要はもうないんじゃないですか」


 ベルマンはそう言って、少し黙った。終わりではなく、なにか、言うべきか言わぬべきか悩むように。


 クリスはなにもいえなかった。

 何を言っていいかわからなかった。


 ――どうする?


 楽しげに頭の中でヤナが言う。何をいおうか、そもそも何かを言うべきなのか。考えてそれで――。


 クリスがためらう間に、ベルマンが再び口を開いた。


「ただ、一つだけ、聞いてほしいんですが――」


 そのときだった。


 騒がしい音が聞こえた。人の声、足音。

 それが窓の外で聞こえ、廊下から部屋に近づいてくる。

 そして、ドアが開き、ジュベールが叫んだ。


「取り締まりだ!敷地内に侵入者がいる」


「なんで⁈」


 ベルマンが腰を上げる。


(ヤナ。気配は?)


 ――消されていた。完全に。魔女っ子の悪魔対策は完璧ってわけ?ワタシがいる前提で計画立ててきているね。これじゃあワタシが無能みたいじゃない、まったくもー。


(やはり。内部に内通者がいるのか)


 ――ぽいね。とりま、相手方の銃を無力化したげる。


(頼む)


 悪魔であるヤナは人間の魔力にも干渉できる。

 ヤナとの会話をやめ、クリスが目を触る。

 瞬間。ヤナは外に出て行った。眼帯の下の左目は金から薄青に変わる。


「ボス!」


「逃げるぞ」


「はい」


「先行します」


 ジュベールはドアから出ようとした瞬間、トオゴが部屋に飛びこんできた。


「皆さん、裏口から!馬を準備してあります。森を抜けると王都の西門につながる道に出ますので」


「わかった」


 ベルマン、ジュベールを見て、うなずき、走り出す。


「こっちです」


 既に『探索』で屋敷の配置を確認していたジュベールが先を行く。


 ――やっぱ魔女がいる。ワタシは逃げ道の確保を。


(いや、それよりも)


 離れたヤナとの連絡はまだつながっている。

 今しか伝えることはできないかもしれない。

 クリスは思った。


 自分に何があってもかまわない。ただ、ひとつだけ。


(内通者がいた場合、アクレシスも危ない。ヤナ、僕は絶対生き残る。だから、アクレシスを守れ)


 ――キミならそういうよね。


 わかっているのかもしれない。たとえいくらヤナが人間のように見えても、実際、ヤナは悪魔だ。

 クリスの感情を喰らい、本当であれば体すらない。そんなもの。

 契約したままクリスが死ねば、ヤナも消える可能性がある。

 そんな賭けだが、ヤナは笑う気配がした。


 ――まかせてよね、まぁ、死ぬ気がないときのキミなら死なないと思うし。


 その声を最後にヤナの気配は屋敷から遠ざかる。懐に入れていた餞別の品の重さが消える。


(これでいい)


 クリスはジュベールの後を追いながら思う。

 自分はどうとでもできる。

 

 あとは生き残るだけだ。

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