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11.鑑定士とメイド服

「で、お前の考えた僕が着るべき服がこれか」


 クリスは鏡を見ながら言った。


「そうですボス、俺のセンスは素晴らしい。完璧すぎる」


「……正気か?お前やっぱり正気じゃないだろう」


 胸をはるベルマンとは裏腹にジュベールは完全に怒っているようだった。二人の反対側から鏡をのぞき込んでいるヤナはご満悦の様子で大笑いしている。


(僕は怒ったほうがいいのか、笑ったほうがいいのか)


 クリスは無表情のまま、自分の姿を確認する。

 髪は金髪のまま。長い髪を結い上げ、邪魔にならないよう後ろでシニヨンを作っている。繊細なことはヤナに任せるに限る。


「ジュベール、お前の言うとおりにしただろう。ちゃんと露出も少ないし。正装だし、清潔だし、清楚だ。ちゃんと時と場所も間違ってない完全な服装だ」


「だからって……」


 ジュベールはいいよどんでから、クリスを見た。みて、そして視線をそらす。

 そらすな。失礼だろう。と思うだけ思って口には出さない。

 何しろクリスの今の服装は、繊細なレースとリボンと光沢のある布でできたヘッドドレスを頭に。足首まである黒のワンピースに白のエプロンを着た完全なる――


「これじゃメイドじゃないか!ボスが、メイドじゃないか!!」


 普通のメイドというには左目の眼帯が目立ちすぎる。まぁ、こればかりは仕方ない。

 ご丁寧なことに黒の眼帯にもシャツやエプロンと同じように刺繍やフリルがついている。


(しかし、やけにサイズがぴったりだな……)


 身長だけのみならず、胸部、腹部、臀部と大きすぎるでもない、締め付けるでもない適切な服のサイズに見える。動いてもまったく違和感がない。

 なんなら、以前着ていたオーダーメイドのスーツ並の着心地だった。

 というか、これもオーダーメイドなのだろう。採寸された覚えは一切ないのだが。


 まぁ、原因はわかっている。

 ヤナを見るとウインクされた。

 寝ている間にでも採寸されたのだろう。見つめるとヤナは笑いながら猫に姿を変え、窓から去っていく。


 ――はー。満腹満腹。ちょっと外の空気吸ってくるねぇ。


 どうやらよほどクリスが服を着た時の感情がおいしかったらしい。クリスが感じる前に食われたので一体何を感じたのかすらわからない。

 悪魔め。


 クリスはベルマンを横目で見てから自分の服を上から順に確かめていく。前からベルマンはオシャレに凝っている等と寝ぼけたことをいっていたが、まさか、女性の服にまでヤナの手を借りて手を出しているのだとは思わなかった。


 大丈夫だろうか。


 クリスに着せるだけではなく、市井の少女に手を出すようなことがあればクリスが責任もって始末するしかあるまい。

 クリスが不穏なことを思っていることには露とも気づかず、ジュベールの言葉にベルマンは笑顔でうなずいた。


「そうだ。完璧なメイドだろう。俺はこの姿のボスを見た瞬間にこの服を着るべきだと思った。この服なら俺やお前と一緒にいても変じゃないし、怪しまれないはずだって」


「怪しまれるだろうが!!こんなその、目立つ姿!」


「……ベルマンの言いたいこともわかる」


「ボス!」


 ジュベールの制止するような声に首を振り、クリスはワンピースの裾を持った。


「まぁ、お前らの趣味と言い張れば大体のところにはこのまま入ることができるだろう。それに。これなれば様々なものを隠し持つことが可能のようだ」


「そうでしょう、ボス!」


 ベルマンは拳を握る。ジュベールは苦虫を噛み殺した表情で、「見てられない」とつぶやいて部屋を去る。


 それに気づく様子もなく、ベルマンは続ける。


「スカートのボリュームを増やしてあるので、隠しポケットが結構容量多くて。あと、エプロンの下にもさりげなく……」


「そうか」


 自分の外見を変わったことはわかっていたし、ヤナがいろいろと服装のことはいっていたがコレをうまく活用させるつもりのベルマンは粗野だが頭が柔らかい。

 ジュベールが席を外したのはちょうどよかった。クリスはいまだ何かを語っているベルマンに問いかけた。


「……あの商談だが」


「あの商談?」


「僕が英雄に見つかった夜の」


「あれ……俺が仲介したやつがあのときのだったんですか!?」


(嘘をついているようにはみえないな)


 クリスは驚愕、といった表情のベルマンをみる。

 仕事は様々なところから入ってくる。簡単なものから、違法なもので。あのときはベルマンもジュベールもついてこなかったのは、彼らそれぞれにも用事があったからだ。

 めずらしいものではない。よくあることだ。だから、仕事として受けた時は気にしていなかった。でも、クリスはそれが誰かの仕向けたものだと確信していた。

 黙ったままのクリスにベルマンは頭を下げたままだった。


「責めたいわけじゃない。ただ、お前はどこからもらってきたかを知りたいんだ」


「俺がどこからもらってきたか……」


 ベルマンは顔をあげた。


「話の流れというか……このあいだの護衛の仕事のあと、飲み屋で家主が金にしたいと愚痴っているというのを耳にしたんです。なので、その場で。嘘をついている気配もなかったですし」


「そうか」


 慎重なジュベールやクリスであれば危ない橋は渡らないが、ベルマンの秘匿技能は嘘をかぎ取るのが得意だった。その彼がそう思ったのであれば、そのとき、その場では真実が話されていたのかもしれない。ただ、それを聞いたものが、不法取引として通報したのかそれとも。


(根本的にベルマンが嘘をついている可能性もある、か)


 ちらりと彼を見るも、正直嘘をつけるとは思えない。

 対外的には表情を硬くして、動かさないようにするよう指導してあるが、今は気が抜けきった様子で犬であれば尻尾を振っているような気配すらある。

 それもそれでどうかと思うが。


「細かいことはもういいだろう」


 クリスが言うと、ベルマンはハッと顔を上げた。


「え、まだ、この布の頑丈さとか、説明したりないんですけど……」


「ボス、時間です。馬車が来ましたよ」


 ジュベールは部屋に入ってきて、腕時計を見ながら言った。


「まだ使っているのか。その時計」


「これですか?」


 ジュベールは腕をかざす。

 古ぼけているが、見るものが見ればうなるほどの名品であり、しっかりと手入れされているのがわかる。優美な腕時計だ。本来であれば女性ものであるのを、直して男性用のベルトに替えてつかっている。


「貴方が持ってきてくれた、母の形見ですから」


「そうだな」


 ジュベールの父は王宮で文官を、母は王宮の侍女長をしていた。

 クリスとともに最後まで残っていたものたちだ。


「じゃあ、いきますか」


「ああ、ヤナは言ったとおりに」


 窓に向かって言う。

 

 ――はぁい。

 

 返事直後にヤナはクリスの目に入った。


「ヤナの姐さん頼むよ」


「頼みます」


 ヤナの声は頭の中で響く。ベルマンとジュベールにも聞こえているはずだが、慣れているため、動じる様子はない。ヤナはクリスの中――瞳にいるため、クリスとヤナはお互いの思考を読むことができるが、ジュベールとベルマンはヤナの声が聞こえる一方で、ある程度離れればそれもできなくなる。

 ヤナが体の中にいれば、以前のような魔女の妨害はもっと抑えられるはず。

 ヤナの魔力も使えるようになる。

 ドアを開け、玄関に向かうと、ジュベールがクリスに体を寄せた。


「ボス、大丈夫ですか?」


「いまさらどうした」


「その姿になった理由です。私やベルマンに言っていないことがあるのではないですか」


「いう必要がなければいわないし、いう必要があればいう。それだけだ」


「そうですか」


 ――ジュベール振られてやんの!


 煽るヤナをジュベールは無視した。


「……気をつけてください」


 ジュベールはそれだけいうと、足早に去って行く。


 ――まったく罪な女だねぇ君は。


「うるさい」


 部下たちに心配されるなんて、焼きが回ったものだな。

 クリスは背筋を伸ばした。

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