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10.英雄と革命家

 その夜、食堂のローグとケディに話しかけてきたのは魔女だった。


「ねぇ、ローグ、あんた城下で女の子を追い回していたんだって?」


 自分の分の夕飯をもって近づいてきたトットミリアの言葉にローグよりも先にケディが立ち上がった。


「先輩がそんなことするわけないだろ!」


「そうはいってもさー」


 トットミリアは「よっと」といいながら、ローグたちの向かいに座る。

 城内にいくつかある食堂のうち、主に軍属の使用しているものだった。

 そのせいか量が多いので、ローグとケディはよく利用している。

 トットミリアは各食堂のメニューをどこかで確認し、そのとき一番食べたいものを出している食堂にやってくるようだった。


「そりゃまあ、侍女から盗み聞いたからよ、壁に魔女ありってね。ともかく……そういう噂が城内で流れているわけ。で、なんかあったら部長が困るから私が先に聞いてる訳よ」


「先輩、この人自分で噂を広める気ですよ、俺にはわかります」


「ちょっと、ケディ、あんたは黙ってなさいよ。前回だって私に助けられてんでしょ。なんでローグのことは先輩って呼ぶのに私はこの人なんて呼ばれるのよ。私も先輩でしょ」


「尊敬できるような振る舞いを求めます」


「尊敬できるでしょ、強いんだから」


「あなたの尊敬って、そこだけなんですか」

「違うわけ?いや、そんなんどうでもいいのよ、で、ローグ。あんた何したの?」


「俺は」


 別に、とためらってローグはパンを飲み込んだ。

 自分でも何をしたのかよくわからないので、聞かれても困る。


(あのとき、幻だと思っていた少女がいた)


 変装していたのに一瞬でわかった。


 あの少女に持つ疑念。聞かなければいけないこと、聞きたいことは山ほどあるのに。彼女のそばに行ったら、何を言っていいかわからなくなった。

 だから、あんな付きまとうようなことをしてしまったのだ。


(そこまでは現実なんだが)


 問題はそこから先だった。ローグは確かに彼女を追って、城下を歩き回った。そして、花屋にたどり着き、――気づいたら元の場所に戻っていた。


(あのあと何度も同じ道を探したんだが)


 道を覚えるのは得意なつもりだった。なのに、どうやってもあの店にはたどり着けない。

 結局、夕方近くなって失意のうちに帰城することになった。


 鑑定士、少女に花屋と店主。

 確信を持てない謎が深まり、頭が混乱する。もうこうなるとローグ一人で解決できる問題ではない。そういうとき、ローグはどうすればいいか知っていた。


「ローグ、ちょっと答えなさいよ」


「先輩、気にしないでいいですよ、人の噂なんてそんな……」


「……部長に相談しにいこうと思う」


「え?」


「へ?」


 ローグの言葉にトットミリアとケディが笑みと困惑を浮かべる。


「え、あんた、本当になんかしでかしたの?しでかしちゃったの?いやだぁめっちゃおもしろいじゃん、え何したの?結局どうしたの?何しちゃったの?部長に相談することって何よ?」


「せんぱ、先輩、うそですよね。相手が極悪犯罪者でとっ捕まえようとしたとかですよね?!」


「……食べている場合ではなかったな」


 戻ってきて、ケディと行き会って、そのまま夕飯を食べに来てしまったが、それより先にすべきだったと思い直す。

 上司は仕事中毒なので、常に夜遅くまで執務室にいるはずだった。相談に行くべきだろう。

 鑑定士の男を取り逃して以降、不手際ばかりでふがいないばかりだ。


「次は逃さない」


 決意を込めて、食卓をたたく。

 瞬間、割れた。

 机に乗っていたケディの料理も、ローグ自身のものも、けたたましい音を立てて床に転がった。唯一持ってきたばかりのトットミリアの料理は彼女が浮かせ、空中にある。


「……先輩」


「あんた怖いわよ」


 ケディとトットミリアの声は、ローグの耳には届いていなかった。


   ◇◇◇


「失礼します」


 ローグは壊した食卓と料理の片づけをしてから、上司ダレンの執務室のドアをたたいたが、珍しく返答がなかった。


「帰られたのかな」


 ローグは首をかしげる。

ダレンはいつ帰宅しているのだろうかと思うほどの仕事中毒であり、朝も夜も、ローグが職場に赴くたびに執務室にいる。


 以前聞いた時には「家に帰る道中、いつ刺されるか心配するくらいなら、ここに泊まり込んでいた方が安全だからね。ここはトットミリアの結界で守られているし」と笑っていたが、あれは本気なのではないかと思うほどだった。


(別にこの屋敷の中だけでも十分生活はできるけども。……実際数年前に出会ったきっかけも暗殺がらみだったし)


 ローグはそう思いながら、執務室のドアノブに触れ、ドアを開く。小さな音がした。


「誰だ?……ローグか。少し寝てしまったようだな。何かあったのかな」


 入り込むと、ダレンは椅子に腰かけたままうたた寝をしていたらしい。起きたダレンはぼうっとローグを見て笑った。

 ローグは少し躊躇ってから言う。


「その、ご意見を伺いたくて」


「よし、聞かせてくれ。書類仕事も飽きて眠気に負けてしまうところだし、休憩をはさんだ方がいいだろう。君もそこの長椅子に座りなさい」


 ダレンは笑って、椅子に深く腰掛けなおし、仮眠用の長椅子を指さした。

 ローグは促されるまま、座り、昼間あったことを話した。


「……なるほど」


 ダレンは肩を越える程度の癖のある黒髪に指をからめながら、うなずいた。彼の特徴としてよくあげられる緑の眼が興味深そうにきらめいた。


「君はもしかしたら十五年来の謎の答えに、かなり近づいたのかもしれないね」


「というと?」


「失踪した第三王子はどこに行ったのか、という問題だ」


「……じゃあ、やっぱり彼女は」


 ダレンは肩をすくめた。


「君が私のところまでその少女を連れてきてくれたら、きっと謎が解けるだろう。あの方と実際にあったことがあるものはごくわずかで……私は運よくお会いしたことがあるからね。きっと十五年たった今でも、あの方に会えば本人かわかるだろう。なかなか忘れることができない思い出だから……。だが、それまでは、推測に過ぎない」


 ローグはダレンの言葉に「そう、ですね」とつぶやく。


 目を細めてその姿を見ていたダレンは、再び口を開いた。


「君には昔、私の過ちについて話したことがあったね」


「過ちでは……」


「どう慰めようとも、あれは過ちだよ。人生の汚点の一つだ。汚点ばかりで真っ黒な人生になりつつあるが」


 ダレンは笑う。ローグはそれをどう返していいかわからず、ただ見つめていた。

 ダレンは秘匿技能を習得できなかった貴族の妾の子で正妻の子よりも魔力を持っていたため、疎まれて育ったという。

 おりしも、商家の出身であった母親の親族を頼って、国外での生活も経験し、そのうえで、この国の淀みをただすために革命を計画した。

 ただし、ダレンは革命を先導したが、彼が望む形で革命を指揮することは叶わなかった。


「無血開城のために策を練り、交渉も下準備も万全を期して行っていたというのに、肝心の王城にたどり着く前に、大けがを負って、昏睡状態。運良く助かって意識を取り戻した時にはもう、王族も貴族もほとんどが殺され切っていたなんて、自分の考えの浅さが嫌になる」


「それは貴方のせいではありません」


「私のせいだよ、民衆や虐げられる側のものたちを扇動して、革命の道を開いたのは私なのだし、その皆殺しの責任の一端は私にある。そして、唯一殺されずに生き延びた第三王子は私との面会の前に姿を消したのも、結局私の落ち度になる」


「……」


「そんな顔をするな。別に落ち込んではいないさ。やったことは変えられない以上、事実として受け止め、今後に生かすしかない。非情だが」


 ダレンの表情は穏やかで、きっと人によっては彼のいうように非情すぎると評価するだろう。

 だが、ローグは知っている。ダレンが誰に何を言われても、命を狙われようとも、自分の願う国の形を作るために、自分の人生をかけてきた。その意思は、その行動は誰にも否定させない。

 だから、ローグは彼のもとで槍をふるうのだ。

 ローグの視線に気づくと、ダレンは緑の瞳を細める。


「君がもし、殿下と私を引き合わせてくれたら、私はとてもうれしい。――許されるわけがない過ちを犯し、自分の思う正義のために幾多もの人を私は犠牲にしてきた。きっとあの方は許さない。許してはいけない。でもね」


 ダレンは目を伏せ、微笑んだ。遠い日の思い出を振り返るように。


「私はもう一度、あの方に会いたいんだ」

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