第97話 蒼月邸での鍛錬 -37-
四人で部屋に戻り、鏡台の引き出しから雷光石を取り出して見せる。
「この石はどこで手に入れたものだ?」
蒼月さんの問いかけに、私は一瞬ためらった。
というのも、やましいことがあるわけではなく、長老の厳かな表情が目に浮かび、今朝の緊張感みなぎる場面を思い出したからだ。
私は軽く咳払いをすると、言葉を選び慎重に今朝の長老との会話について話し始めた。
「確かに雷光石の効果だとしたらあり得る話だな・・・しかし、本来は己の力を高めるだけのはず・・・」
一のものを十にする、なら分かるけれど、私にはそもそも妖力がない。だから零のものは何倍になっても零のはずだ。
でも、それをいうと、この守り水晶の効能も一般的な効用とは言えないからなあ・・・
確かに納得のいく説明はできそうにない。
そこにいるみんなが同じように感じているのか、誰も言葉を発することもなく静かな時間が少しの間続く。
すると、しばらくしてその沈黙を破ったのは小鞠さんだった。
「琴音殿・・」
小鞠さんは私の名前を呼んだにも関わらず、蒼月さんをチラリと見た。蒼月さんもその視線に気づき、小鞠さんと目を合わせる。
しかし、小鞠さんは蒼月さんと目が合ったことを確認すると、今度は私に向き直り、私に話しかけた。
「つかぬことを聞くようじゃが・・・」
その改まった口調にやや緊張する。
「琴音殿、人間界での日々はどんな感じじゃったかのう?こちらの世界とはまた違う毎日を過ごしておったのじゃろう?」
しかし、その予感とは逆に、小鞠さんは穏やかな興味を持って尋ねてきた。
私は私で急にそんなことを聞かれて少しばかり驚いた。なぜこの状況でそんなことを聞くのかわからなかったからだ。それでも、
「え・・・そうですねえ・・・私は・・・」
仕事という概念がないこちらの世界の人にも分かるよう、丁寧に答えていく。
すると、それを聞いた小鞠さんはまたもや「ふむ・・・」と言いながら顎に手を当てて考え事をした後で、
「ご両親はどのような人たちなのかえ?」
今度は私の両親について尋ねてきた。
そこで、今度は実家が神社であり、父は神主、母は巫女をしているという話をした。
すると・・・
「「巫女・・・」」
小鞠さんと蒼月さんが同じことを同時につぶやいた。
「代々続く巫女の家系なのかえ?」
小鞠さんの興味は巫女の方に向いているようで、
「はい。神社自体はさほど大きくはないのですが、血筋としては結構長く続いていると聞いています。」
そう説明すると、今度は何かに納得したように
「ほう。」
とつぶやき、それからまた少しの間沈黙が続いたものの、再び沈黙を破ったのは先ほどと同じく小鞠さんで、
「琴音殿には琴音殿が気付いていない潜在的な能力があるのやもしれんな。その力が雷光石に反応して増幅している可能性は否めぬ。」
と言った。それから、
「これは単なる興味なのじゃが・・・母上のお名前を聞いてもよいか?」
そう聞かれ、
「はい。琴乃と言います。我が家は代々女系の家系なのですが、女子は全員「琴」という文字をつけているようですよ。」
その回答に小鞠さんは「そうか」と小さくうなずくと、
「なるほどというべきか否か・・・」
複雑そうな顔をして、腕を組み、眼を閉じて、何やら考え事を始めた。
それに加え、同じタイミングで蒼月さんは突然すくっと立ち上がると、
「今日の検証はこのくらいにしよう。私は一旦部屋に戻る。」
そう言って、小鞠さんからの意味深な視線を背中に受けながら、部屋を出ていってしまった。
「・・・私、何か気に触るようなこと言いましたか?」
家族の話をしていただけなのでそんなはずはないと思いつつ聞いてみるも、
「いや、あやつが気に障ったのは、琴音殿ではなくわらわじゃろ。余計なことに首を突っ込むな、と。」
そう言われてますます意味が分からなくなった。
二人とも「巫女」という言葉に反応した。
そして、巫女について話をしていると、一人は興味津々で、一人は何やら気分を害した様子で部屋を出ていった。
私や母がこの二人と関わりがあるとは全く思えないので、多分「巫女」というワードが地雷だったのだと思われる。
巫女なんて山ほどいるし、いま考えても何も分からないし、いつか話してくれそうなタイミングを見つけたら小鞠さんにでも聞いてみよう。
まあ、この時にしっかりと聞いておけば、あんなことにはならなかったかもしれない・・・ということは、今の私に知る由はないのだけれど。




