第92話 蒼月邸での鍛錬 -32-
食堂に着くと、蒼月さん以外は全員食卓に座って、お茶と鬼まんじゅうを囲んでいた。
「琴音殿、遅かったな。」
小鞠さんにそう言われて、ドキッとする。
実は、蒼月さんが家の中に入って行った後、ふと我に返った私を襲ったのは、あふれんばかりの羞恥と早鐘の如く鳴り響く鼓動だった。
まず、恐怖が限界に達していたとはいえ、またもや蒼月さんに寄りかかって号泣してしまったという恥ずかしさが身を襲った。
それから、今までめちゃくちゃ塩対応だった蒼月さんから、二度も笑顔をもらってしまったことへの高揚感。
しかも、別人では?と思うほど優しかったし、すごく丁寧に扱ってもらったことを思い出して悶絶。
その場にしゃがみ込み、火照る顔を抑え、ドキドキとうるさく鳴る心臓がおさまるまでやり過ごしていたら、時間がかかってしまったのだ。
さらに、部屋に戻ってぐちゃぐちゃになった顔と着物を整えて来たからというのもある。
「すみません・・・」
何を言っても恥ずかしいことになるので、それだけ言って食卓につく。
すると、焔くんがおずおずと私の目の前にお茶を置いて、
「本当にごめんなさい・・・」
と、しょぼんとした顔で頭を下げると、火威くんも同じタイミングで「ごめんなさい」と頭を下げる。
二人は私が何か言葉を発するのを待っている間、グッと歯を食いしばって、少し涙目で私を見上げている。
鬼ごっこは本当に怖かったし、絶対寿命も縮まったし、鬼ごっこが終わったら絶対ここから逃げてやる、って思ってた。
だけど・・・
「うん。もういいよ。」
二人に悪気があったわけじゃないことはよくわかったし、何より食べられると勘違いして怯えまくっていたのは私だし・・・
「でも、次からはあんなに怖いのはやめてね・・・本当に怖かったから・・・」
それだけ言うと、
「じゃあ、仲直りしようか!」
この世界の仲直りの方法はわからないけれど、
「人間界では仲直りの握手っていうのをするんだよ。はい、二人とも右手を出して?」
と説明して右手を出すと、二人もおずおずと右手を差し出す。
それから、二人両方といっぺんに握手はできないから、ひとりずつ握手をして仲直りをする。
そうして握手を交わし終えると、食堂の空気が少し和らぎ、二人にも前のような笑顔が戻り始めた。それでも、まだ少し気まずさが残っているように感じて、どうしたものかと思っていると、
「ほれ。琴音殿が許してくれたんだから、許してくれるまで食べない、って我慢していた鬼まんじゅうを食べたらよいではないか。」
小鞠さんのその言葉を聞いて食卓の上を改めて見てみると、確かに鬼まんじゅうがお皿にたくさん盛られたまま残っている。
「美味しいんでしょ?食べよう?」
そう言って、お皿の上から鬼まんじゅうを取り、二人にそれぞれ渡す。
小鞠さんはその様子を頬杖をつきながらニコニコと見ていて、子供二人はというと、鬼まんじゅうを握ったままお互いの顔を見合わせた後で大きく頷くと、嬉しそうにぱくりとおまんじゅうにかぶりついた。
そこからはもうひたすら美味しそうに食べる食べる。
その食べっぷりをかわいいな、としばらく眺めていたけれど、
「琴音殿は食べんのか?」
と相変わらずニコニコしている小鞠さんに言われて、私も思い出したように鬼まんじゅうをいただいた。
「ん〜〜、美味しいです〜!」
こちらの世界でも、角切りにしたさつまいもを小麦粉をつなぎにして蒸したものを一般的に「鬼まんじゅう」と呼んでいるようだけど、小鞠さんの鬼まんじゅうは甘さとホクホク加減が絶妙でとても美味しい。
どこか懐かしさを誘うこのおまんじゅうは、一つ食べ始めると、ついもう一つ手に取ってしまいたくなるほどに美味しい。
この前、璃雷ちゃんのお母さんにいただいた鬼まんじゅうも美味しかったけれど、シンプルな材料のはずなのに、この二つは少し何かが違う。
(それぞれの家庭の味があるってことなのかな?)
そんなことを考えながら2個目の鬼まんじゅうに手を伸ばしたところで、蒼月さんが食堂にやってきた。
「蒼月、おぬしも食べるか?」
「いただこう。」
そうしてみんな揃って鬼まんじゅうを食べているのを見て、なんだかとても温かい気持ちになった。




