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第90話 蒼月邸での鍛錬 -30-

その希少な笑顔に、今まで張り詰めていた恐怖があっという間に安堵に変わる。


「蒼月さあああああああん!!」


安心感からまるで腰が抜けたように崩れ落ちる私の身体を支えるように抱えられて、身体を全て預ける形になる。


「怖かったぁ・・・・・」


叫びたい気持ちは大いにあるのに、声が出ない。小さな声でそう言うのがやっとで、あとはもう涙しか出てこない。

声も出ずにただただ身体を震わせて泣き続ける私を、蒼月さんはふんわりと抱きしめて背中をさすってくれる。


そうしてしばらくして気持ちが落ち着くと、コホンと小さく咳払いをして顔を上げ、


「取り乱してすみません・・・」


まずはそう謝った私に、蒼月さんは優しい顔で気にするなと言うと、今度は少し厳しい顔でほむらくんを見て、


ほむら。これはどう言うことだ?」


と尋ねた。


振り向くとほむらくんが少しバツの悪そうな顔で立っている。そして、その近くには赤鬼もいて、


「っっ!」


一瞬でまた身体がこわばったけれど、先ほどまでの動きが嘘のように身じろぎもしない赤鬼をじっと見ると、なぜか同じようにバツの悪そうな顔をしていた。


「えと・・・鬼ごっこをしていたのですが・・・・少し・・・演出に力を入れすぎてしまって・・・・」


しどろもどろに答えるほむらくんに、蒼月さんは声色を変えないまま、


「見せろ。」


と言って、目を閉じた。そんな蒼月さんを見て、おそらくほむらくんが前に話していた自分が見たものを見せる、と言うのをやっているのだと理解する。

それから少しして、ゆっくりと目を開けた蒼月さんは、小さくため息をつくと、


「さすがにこれはやり過ぎだろう。」


と呆れたように言った。


「せっかくの初回だから、色々と凝ったものにしようと思ったんですけど・・・」


「だからと言って、こんなに怯えさせてどうする・・・火威かい、おまえもだ。」


火威かいと呼ばれた赤鬼はビクッと肩を振るわせたかと思うと、みるみるうちにほむらくんと同じくらいの背丈になった。

あのいかつく筋骨隆々だった赤鬼が、私より背の低い、顔もまだ幼さが残るような赤鬼に変わり、そのあまりの変わりっぷりに口が開いてしまった。

火威かいくんが小さくなると、彼の周囲の空気が一瞬で和らぎ、かすかな妖術の粉が空中に舞い上がった。


玄関の石畳には暮れ始めた太陽が長い影を落とし、その光がしゅんとうなだれる彼らの顔を柔らかく照らしている。


「ごめんなさい・・・オラの大好物の小鞠様の作った鬼まんじゅうをくれるって言うから・・・つい張り切っちゃいました・・・」


しゅんとした様子でそう言った赤鬼の声は、さっきまでの重低音なそれと違い、あどけなさが残る高めの声だ。

火威かいくんの声は幼いながらも真剣さを帯びていて、その瞳は懸命に許しを求めていた。


蒼月さんは二人の話を聞いても何も言わず、じっとほむらくんと火威かいくんを見つめていたけれど、その厳しい目は徐々に柔らかくなっていく。


そして、少しの沈黙が流れた後、火威かいくんは私を上目遣いでチラリと見ると、


「泣かせてごめんなさい・・・」


と申し訳なさそうな顔で言った。

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