第70話 蒼月邸での鍛錬 -10-
焔くんと一緒に部屋を出て、食堂に向かいながらおしゃべりをする。
「灯りを消すのも焔くんの役目なの?」
「ううん。部屋に陽の光が十分差し込むと、勝手に消えるようにしてるんだ。」
「すごいね。」
素直に賞賛の言葉を口にすると、焔くんは誇らしげに鼻を掻いた。
「でも、それなら夜も同じように陽が落ちたら灯るようにできるんじゃない?毎日たくさんの部屋に点けて回るのは大変じゃない?」
ふと生じた疑問をぶつけると、焔くんはさらに誇らしげに胸を張って答えた。
「できるよ。そういう妖具もあるし。でも、おいらは自分で点けて回るのが好きなんだ。暗闇に灯りが灯る瞬間って、なんかほっとするんだよね。」
確かに焔くんの言う通りかもしれない。
「わかる〜〜!確かにほっとするもんね。」
相槌を打ちながら焔くんはきっといい子なんだろうな、と思う。
「あと、廊下は人の気配を感じて自動で点くようになってるよ。」
「人感センサーとは、すごい・・・」
人間界でも家庭に普及し始めたのは21世紀になってからだと記憶しているけれど、すごいな、あやかし界・・・
「人感センサー」と言う言葉に焔くんはなんだろう?という顔をしていたけれど、そうこうしているうちに食堂に到着した。
「おお、参ったか。」
食卓にはすでに蒼月さんが着席しており、そこに小鞠さんが次々と料理を運んできている。
慌てて私も小鞠さんに駆け寄り、お皿を受け取って食卓に並べる。
「わらわは好きでやっているだけじゃ。よって、琴音殿は座っておってよいのに。」
そう言いながら最後のお皿を持って小鞠さんも席に着く。
「いえ、お世話になるのにそうはいきません。できる限りお手伝いさせてください。」
ここは引けないところなので、キッパリと告げると、小鞠さんはニッと笑って、
「そうかえ。では、お願いすることにしよう。」
と言った。それから、
「さあ、温かいうちに食べようぞ。」
という小鞠さんの一声を合図に、食卓に着いているみんなが手を合わせてそれぞれ食事を始める。
「いただきます。」
私も手を合わせて大皿から自分のお皿に取り分けて食事を始める。
「そういえば、千鶴殿からは琴音殿は特に食べられないもの、苦手なものはなさそうと聞いておるが、こちらの世界の食べ物にはもう慣れたかえ?」
その問いかけにこちらにきた初日のことを思い出す。
あやかしの世界の食べ物ということで、かなりの心構えをして臨んだものの、蓋を開けてみれば人間界、もっといえば和食とほとんど変わらないものばかりだった。
味付けも醤油のような調味料ベースなので違和感がない。
たまに見た目が初めてなものがありはしたものの、食べてみると美味しかった。
「はい、私のいた世界のものとさほど変わらずで、どれも美味しくいただいています。」
その答えに、小鞠さんはにっこりとうなづく。
「そうか。わらわは食べなくても生きていけるんじゃが、作るのが好きでの。今度、わらわの知らない料理を教えてはもらえぬか?」
「もちろんです!」
食べなくても生きていけるというのはどういうことなんだろう、とは思いつつ、小鞠さんと焔くんの間で話題がどんどん切り替わるので、聞き逃してしまった。
蒼月さんはというと、たまに話題を振られて答えているくらいで、自分から話題を振ってくることはないように見える。今日だけなのかもしれないけれど。
色々な話をしながら食事を終えて、いわゆる食後のお茶を飲んでいる最中、視線を感じて顔を上げると、蒼月さんと目が合った。
「明日からの鍛錬だが・・・」
ついに本題が来て背筋が伸びる。
「一日つきっきりで見るのは難しい。よって、基本的なことは焔に任せることにする。焔はこう見えても私の使い魔で、かなり強いから安心して鍛えてもらえ。」
「こう見えてってどういうことですか〜?」と口を尖らせている焔くんがかわいい。
「すでにこの屋敷の中に鍛錬用の仕掛けをしてあるので、日常生活で基礎体力がつくようになっている。心して生活するとよい。」
心して生活する・・・そんなパワーワード、人生で一度も聞いたことがないので、一体何が起ころうとしているのか想像もつかない。
すると、そんな私の表情から察したのだろう。
「ははは。命を落とすような仕掛けはしていないから安心しろ。」
こちらの世界に来てから、二度目の笑顔。
その、ふと見せられた笑顔がとても優しくて、頬が赤くなるのを感じる。それなのに・・・
「畳から槍が飛び出してくる仕掛けをしておいて、命の危険がないとは、これいかに・・・?」
小鞠さんが訝しげな顔でそんなことを言うものだから、赤くなりつつあった顔が一気に青ざめるのを感じる。
「槍・・・」
すると、蒼月さんが呆れたような顔で続ける。
「小鞠殿の冗談に決まっているだろう。そんな仕掛けはしていない。」
その言葉にホッと胸を撫で下ろすと、
「琴音は真面目だから色々といたずらし甲斐がありそうで楽しみだなあ!」
と、焔くんが顔の炎をボウボウと強めながら嬉しそうに言った。
 




