第58話 弟子入りへの挑戦 -12-
人間界に帰れるよう・・・?
蒼月さんの言葉に驚いたのは、私だけではなかった。
「え、蒼月さん、なに言ってるんですか?」
最初に口を開いたのは翔夜くんだった。彼は眉間に深いしわを寄せて、私と蒼月さんを交互に見ながら続ける。
「せっかくこちらの世界にも慣れてきて、今日だって鷲尊さんの試練に合格したのに・・・」
私には、鷲尊さんの試練に合格したことより、黒悠さんを解放したと聞いたあたりから表情が曇ったように見えた。
そういえば、黒悠さんが、「我が解放されたということは、有事が近いということであるぞ。」って言ってたっけ。
その言葉を思い出し、解放するつもりはなかったが、意図せず解放してしまったことが、さらなる危険を引き起こすのではないかと考えると、心が重くなった。
「黒悠さんを解放してはいけなかったのでしょうか・・・?」
私の問いかけに、蒼月さんが静かに、しかしはっきりと説明を始めた。
「いや・・・黒悠之守の封印が解けたのは、解ける条件が揃ったからに過ぎず、おまえに落ち度はない。」
黒悠さん、本名、黒悠之守って言うんだ、なんて思いながら蒼月さんの言葉に耳を傾けるも、彼の冷静な語り口が、私の不安をさらに掻き立てる。
「しかし、それは同時に有事が迫っているということ。だからこそ、我々はこれから有事に備えてさまざまな準備をしなければならない。そして、そのような状況で人間をここに置いておくのは、あまりにも危険だ。」
蒼月さんの言葉には説得力があり、確かに足手まといになるだけでなく、私自身も危険にさらされるかもしれない。自分の無力さを痛感しながらも、正論に反論する術を見つけられない。
ここにいる全員が同じことを考えているのだろう。誰も口を開く者がいないのが、その証だ。
「でも・・・影渡なしで人間界になんて・・・」
翔夜くんが小さく呟き、その声が広間の静寂の中で響いたものの、それに反応するものはいない。
そうしてしばらく静寂が続き、広間が重い空気に満たされる中、その静寂を破るように威厳に満ちた低い声が響いた。
「有事に備えるのであれば、なおさら琴音殿が必要であろう。」
ゆっくりと広間に入ってきたのは長老だった。
しかし、誰も長老の登場を予想していなかったのだろう。全員が驚きの顔で長老に目を向けた。
長老は深い眼差しを私に向けながら、ゆっくりと口を開いた。
「鷲尊の遣いが参った。黒悠之守を解放したのは、他ならぬ琴音殿じゃ。」
それから、今度は蒼月さんに視線を移し、
「蒼月、であれば、おぬしが責任を持って面倒を見るのが筋ではないか?」
と言った。長老がなぜそんなことを言ったのかは分からない。けれど、その言葉には何か深い意味が込められているように感じられた。
そして、そんな私とは反対に、蒼月さんは少し驚いた表情を浮かべながらも、すぐにその意図を理解したのか、表情を引き締めた。
「・・・分かりました。」
それだけ口にして、何かを深く考えるような表情を見せる蒼月さんに、長老がさらに言葉を続ける。
「うむ。それでは、琴音殿は明日から蒼月の屋敷で世話になるとよい。」
その言葉に、私と蒼月さんが同時に言葉を発した。
「長老、何を!?」
「え!なんで!?」
驚きのあまりに発した声が重なり、蒼月さんと私が互いの顔を見合わす。
二人が慌てている様子を横目に、
「ん?聞こえんかったかな?明日から琴音殿は蒼月とともに暮らすように、と言ったのじゃ。」
表情を変えずに淡々とそう口にした長老は、
「蒼月、ちと話があるので、奥の間で待っておるぞ。じゃあな、皆のもの。」
それだけ言うと、何食わぬ顔で奥の間に入って行った。




