第56話 弟子入りへの挑戦 -10-
その剣幕に、場が再び静まり返る。
その場にいる誰もが戸惑いを感じているようにも見える。
(こういう空気、苦手なんだよなあ・・・でも、天狗たちにはどうにもできないだろうし・・・)
いつの間にか1体に戻っている鷲雅さんと睨み合う鷲尊さんを眺めながら、どうしたものか考えを巡らせる。
(よし、おバカなふりしてやり過ごす作戦でいこう!)
軽く息を吸って吐いて、小さく「よしっ」と気合を入れると、
「お取り込み中申し訳ないんですけど・・・私の試練の結果は合格ですかー?」
と、場の空気を読まず場違いな質問をする女子に見えるように声を張り上げた。
自分ではなかなか良い作戦だという自負があったのに、天狗という妖怪は経験、知識ともに私の何十倍、何百倍もあるのだろう。
鷲尊さんはフッと表情を緩めると、
「人間よ、下手な芝居はせんでよい。」
そう言って私を見た。
(わ!怖い顔以外の顔、初めて見た!)
「鷲雅、先ほどの言葉はただの戯言だと思うが、反対の気持ちは変わらんからな。」
もう一度鷲雅さんを見て厳しい顔でそう伝えた鷲尊さんは、次に私の方に向き直り、
「して、人間よ。わしから最後の問題じゃ。四の天狗の母親と弐の天狗の関係はいかに?」
ニヤリと笑ってそう言ってきたから、
(なかなかに曲者・・・・流石にあんなやり取りの後じゃ、普通は忘れてしまっていると思うけど・・・そうはいかないんだから。)
「弐の天狗にとって、四の天狗の母は祖母。四の天狗の母にとって、弐の天狗は孫ですね!」
自信満々にそう答えると、鷲尊さんは少し意外そうな顔をした後、悔しそうな顔で、
「む・・・なかなかの記憶力・・・・よかろう、合格だ。受け取るがよい。」
そう言って、懐から小さな光る石を取り出して、私の手に握らせた。
(やった!!!)
嬉しくて自然と顔がほころぶ。
「ありがとうございます!!」
手を開いて、握らされた小さな石をじっと見る。じんわりと発光しているような不思議な光はなんと形容したら良いのだろう。
蛍石っぽいけど少し違う、いつの間にか陽が傾いて夕方の様相を見せ始めた空の下で柔らかい光を放つその石を大事に握って、改めて鷲尊さんにお礼を言う。
「今日は本当にありがとうございました!早速番所に帰って、報告します!!」
街から山までは結構時間がかかったこともあり、日が暮れそうな今、一刻も早く帰りたい!そう思った瞬間、大事なことを思い出した。
「帰り道がわからない・・・」
龍の黒悠さんに一気にここまで連れてきてもらってしまったが故に、帰り道がわからないのだ。
久しぶりに社に戻れて今頃は我が家を満喫しているだろう黒悠さんを再度呼び出すのは忍びない・・・
(まあ、鷲尊さんに聞くか・・・)
そう思って鷲尊さんに声をかけようとしたその時、
「それでは僕が送り届けよう。」
ふわりと身体が浮いたのと同時に、頭上からそんな声がした。
「鷲雅!!!」
その声を聞いて、私を持ち上げたのが鷲雅さんだと知る。確かに顔を上げると、私を見て微笑む鷲雅さんと目が合った。
鷲尊さんは相変わらず何かを叫んでいるけれど、その声も段々と遠くなり、やがて聞こえなくなった。
「はぁ・・・父上は母上のことが忘れられないのだろうな・・・」
私に言ったわけではなさそうなため息まじりの消え入りそうな独り言を聞いて、私もいろいろと察した。
と同時に、もしかしたらと思っていたけれど、やっぱり親子だったことがわかって、先ほどのやり取りにも納得がいった。
そして・・・
(人間界ではほとんど縁のなかったお姫様抱っこ・・・こちらの世界では短期間のうちに2回も経験してしまった・・・)
そう。鷲雅さんは私をお姫様抱っこした状態で羽根を使ってスイスイと空を飛んでいる。
そんなこんなであっという間に番所に到着したものの、鷲雅さんは私を地面に下ろすことなく門をくぐり、そのまま広間まで歩を進めると、
「お嬢さんをお届けに上がった。」
そう言って、突然の私たちの登場で呆気に取られた顔の月影さん、翔夜くんと、相変わらず表情は読めないけれどじっとこちらを見ている蒼月さんには気にも留めていない様子で、広間の小上がりに私をそっと下ろした。




