第40話 襲来 -2-
ここ数日街のあちこちでちょっとしたいざこざが多く、しばらくの間授業は休みとなり、子どもたちは番所に来ていない。
授業がないにも関わらず私がここにいるのは、ここにある教材を使って自習するためだ。
そんな中、今日は月影さんは長老のお遣いで市ノ街の外へ、蒼月さんも調べ物のため夕方まで戻らないと言って出て行った。
さっきまで一緒にお茶を飲んでいた翔夜くんも、交換市での喧嘩の通報を受けて慌てて飛び出して行った。
私はというと、とりあえず自習のノルマは終わったし何もすることがないので、守り水晶を取り出して眺めているというわけだ。
(キラキラと虹みたいで綺麗だな・・・)
「出でよ、炎!」
「風よ、起これ!」
「水よ、舞え!」
・・・・・・・・・・まあ、無理か。
妖術の授業で子どもたちがやっていたのを見よう見まねでやってみるものの、まあ、何も起こらない。
そもそも属性を持たない術は操れない、と月影さんも言っていたけれど、たとえば雪女は、基本的には炎の属性の術は使えないらしい。
「人間ですからねー・・・」
なんの属性も持っていないのは明らかで、守り水晶の力があればもしかしたら・・・なんて思ったけれど、やはりダメだった。
「まあ、いっか!」
できないものはできないので、執着はしない。
守り水晶を卓上に置いたまま、新しいお茶を注ぐ。
(ちょっと口寂しいな・・・)
大体いつも頂き物のお茶請けがあるのだけれど、今日はあいにく何もない。というか、勝手に台所を物色できないから何もない、というのが正しいかもしれない。
(・・・やってみる?)
また別の授業を思い出して好奇心が湧いてきて、置きっぱなしにしていた守り水晶を左手に握り、右手には湯呑み茶碗の受け皿を持ち、強く念じる。
「おまんじゅう」
そう呟いて、お皿におまんじゅうが乗っかっているイメージをする。
・・・・・・・・・・まあ、無理か。
「わかってたけど〜・・・」
お腹すいたなあ、と思いながら両手に持っていたものを卓の上に戻したその時、
「おねーたん!」
可愛い声がして思わずそちらに目を向けると、
「その節は本当にありがとうございました。」
まっすぐこちらに駆け寄ってくる璃雷ちゃんと、風呂敷包みを抱えて広間の入り口のところで丁寧に頭を下げる璃雷ちゃんのお母さんが目に入った。
「こんにちは!どうぞこちらへ!」
立ち上がって声をかけた時には、璃雷ちゃんはダイブするように広間の小上がりに飛び込んできていて、ふわふわの白い髪の毛を揺らしながらバタバタしている璃雷ちゃんに、お母さんは「もう、璃雷ったら・・・」と言いながら、璃雷ちゃんの足から草履を脱がせ、自分もゆっくりとお座敷に上がる。
「お礼に来るのが遅くなってすみません。これ、ほんのお気持ちなんですけど・・・」
そう言って風呂敷包みを開くと、中から竹の皮に包まれたものが現れた。
(こ、これは・・・!)
期待に胸を膨らませ、思わず見入ってしまう。
「おかーたんの鬼まんじう、とーっても美味しいのよ!」
璃雷ちゃんがとても誇らしげに胸を張ると、お母さんは恥ずかしそうに
「もう・・・普通のおまんじゅうですけど、皆さんで召し上がってくださいな。」
そう言って、私に差し出した。
(違う形でおまんじゅうがやってきたーーーーー!!)
心底嬉しくて破顔する。
「いや、そんなお気遣い・・・・こちらは当たり前のことをしただけなので・・・」
と言いながら、中のおまんじゅうが気になりすぎる。
「いえいえ、本当にお気持ち程度で申し訳ないくらいです・・・・」
こんなやりとりに、あやかしの世界も人間界と変わらないな、とちょっと微笑ましく思ってしまう。
しかし、これだと埒が明かないので、
「では・・・・遠慮なくいただきます!!ありがとうございます!」
思い切りだけはいい私は、ブンっと頭を下げて竹の皮の包みを受け取ると、
「もしお時間あるようでしたら、お茶でもいかがですか?お茶請けもいただいたことだし・・・」
と、お母さんに問いかける。すると、お母さんより先に璃雷ちゃんが、
「あーい!璃雷もおまんじう、食べたいですー!」
元気に叫んで卓のそばにちょこんと座ったもんだから、お母さんは苦笑いをしながら、
「では、少しだけ・・・すみません。」
と言って、同じように卓のそばに腰をかけた。




