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第3話 神社に続く道

ポストの角を曲がると、急に懐かしさが込み上げてくる。


(もう何年来てないんだろう…)


子供の頃はよく母と訪れていたが、中学・高校になると年に一度の夏祭りくらいしか来なくなった。大人になるにつれて、ここを訪れる頻度はさらに減っていった。


てんてんてんこ、稲穂が揺れる

さらさら流れる、水のそば〜

静かな静かな祠の下で

いい子にいい子にねんねしな〜


母がここに遊びに来るたびに歌ってくれた子守唄を口ずさむ。


「懐かしいな」


思わずふふ、と笑みがこぼれる。それから、一人で笑っている自分が恥ずかしくなり、周りを見渡す。


(誰もいない…)


この神社には入り口が二つあり、表門は駅からの大通りと直角に交わる広めの道路に面している。今見えている鳥居は裏門で、ここは裏参道にあたる。昔はお店がたくさんあったが、今ではほとんどが閉店し、住宅に変わっている。

土曜の夜ということもあり、残っている商店も閉まっているよう、唯一灯っているのはカフェの明かりだけ。


(まあ、隠れ家カフェって感じかな。来る人も少ないだろうし。)


そんな失礼なことを考えながらカフェに近づくと、


ーーー フッ ーーー


急にその明かりが消えた。


「え…?」


思わず漏れる声。


(つい今まで点いてたよね?)


足早にカフェの入り口に辿り着くと、さっきまでの灯りが嘘のように消えており、店の中も真っ暗だ。中を覗いてみるも、人の気配すらない。


(どういうこと?)


少しの間呆然と立ちすくんでいたが、路地の入り口に看板が出ていたことを思い出し、振り返る。


「え…」


声にならない声が上がる。


「えええええええええ!?」


今度は思いっきり声が出た。


なんと、ついさっき入ってきたばかりの路地の入り口は、濃い霧で覆われていた。


「なんなの!?」


おそらく路地の入り口だったところも、なんなら今通ってきた道も、もくもくと霧が立ちこめている。そして、気づくと足元にも霧が広がり始めていた。視界が徐々に奪われ、冷たい湿気が肌を撫でる。まるで別世界に引き込まれるような感覚。


霧はまるで生き物のように押し寄せてくる。微かに動く影が見えたが、すぐに霧に飲まれてしまう。

明らかにこの霧はただの自然現象ではない、という直感に襲われる。


「東京で、こんな霧…?」


驚きの声しか出せない私に、霧がどんどん近づいてくる。この中を戻る勇気なんてない。


もう、なぜカフェの灯りが急に消えたのかなんてどうでもよくなり、私は鳥居に向かって足早に歩き出した。神社を抜けて表門から帰ろう。このままここにいたら危険だ。


恐怖とは少し違う、しかし、安全とは程遠い感覚が私を襲う。霧に飲まれたら危険。それだけははっきりとわかる。


カツカツとヒールの音を響かせながら鳥居の前にたどり着き、一礼して鳥居をくぐる。振り返ると、カフェは霧に隠れて見えなくなっていた。


ふと目の前の霧の中を、ぼんやりと白い物体が横切るのが見えた。猫か犬か、霧に紛れてよくわからないが、動物にはこの霧は脅威ではないらしい。


でも、人間の私にとっては脅威以外の何者でもない。前を向き直し、石段を登り始める。


(雨の日はこの溝に笹舟流して、お母さんとどっちが早く下に着くか競走したっけ。)

(紅葉の季節には、綺麗な葉っぱをたくさん拾ったな…)


気持ちは焦っているはずなのに、次々と昔の思い出が蘇る。


そうして石段を登り切ると、見知った境内が目の前に広がり、ようやくホッと息をついた。

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