第331話 満月の天狗山 -8-
こうして一旦状況が落ち着いたところを見計らって、黒悠之守が言った。
「さて・・・そろそろ皆を送り届けるか・・・」
その言葉を合図に、それぞれ家路につくことにした。
志乃さんとはもちろんここでお別れだ。今夜は家族で積もる話もあるだろう。
それ以外のみんなは黒悠之守が家まで送り届けてくれるという言葉に甘えて、次々と黒悠之守の背中に乗り込んでいく。
「ほれ、主。清花殿も・・・」
流石に人間の・・・しかも女性である私たちが背中によじ登れないのは承知の上なのだろう。黒悠之守がここに乗れ、と手を差し出してくれる。
それでも「よいしょ」と言いながらその手に乗ろうとすると、後ろから声をかけられた。
「おい人間!おまえにはまた借りができてしまったな・・・一応礼を言う。」
だんだん鷲尊さんという人がかわいらしく思えてきた。すると、
「ちょっと!あなた!女の子に向かっておいって!おまえって!人間って!・・・どういうことですの!?」
隣にいた志乃さんに叱られてしどろもどろになっている鷲尊さんを見て、思わず笑ってしまった。
「琴音さんでしたよね?この度は、本当にありがとうございました。近いうちにぜひ遊びにきてくださいね。」
にっこりと微笑んでそう言ってくれた志乃さんに、こちらもにっこりと笑顔で「ぜひ」と答える。
そうして挨拶を終えた私たちは、黒悠之守の背中に乗って、それぞれの家を回った。
黒悠之守は意外とおちゃめで、それぞれの家が近づくと、
「ほれ。あとは自分で帰るのだな。」
と、屋根の少し上くらいの高さからヒョイっと放り投げる。
(ちょっと、大丈夫〜?)
私は毎回ハラハラしながら見ているのだけれど、みなさんさすがあやかしだ。なんらかの手段を用いて綺麗に着地していく。
あやかし組の三人は、名前と自分の住所が書かれた紙を長老から渡されていて、一緒に背中に乗っている長老も、一応は無事ちゃんと家に入るところまでを上空から見届けている。
そのあとはきっと、さっき長老が話していた通り、うまいこと記憶を取り戻すことができるのだろう。
空から見ていても、家の中から大きな歓声とも取れるような声が聞こえてくる。
長いこと会えなかった家族との再会。
その気持ちはつい最近経験したばかりだからよくわかる。
いや、彼らにとってはもっともっと長い時間だ。それはそれは感動の再会となっているだろう。
結局、時継さんはしばらく長老の家でお世話になることになったようで、彗月くんともたまに会って、お話を聞かせる約束をしたみたいだ。
そうして、途中で煌月さんと彗月くんともお別れをする。
そうこうして送り届けていくうちに、残りは清花さんだけとなった。
さすがに上空から投げ出すわけにもいかないので、きちんと地面へと着地する。
(影渡さんちって、ここなんだ。)
いつも会うのは受付処なので、お家の場所までは知らなかった。
「ちょっと・・・緊張するわね・・・」
200年以上ぶりの再会ということをしっかりと認識した清花さんは、そう言って胸の前で両手を握っている。
旦那さんが亡くなっていることは、あえて言っていない。聞かれていないから、ということもあるけれど、聞いてこないということは、薄々わかっているのではないかと思う。
「呼びましょうか?」
遅い時間だけど、家の中の明かりはまだついている。伝書を送れば、すぐになんらかの返信は来るだろう。
「いえ・・・大丈夫。ありがとう。」
そう言って大きく深呼吸をした清花さんは、意を決したように引き戸の前に立った。
そして・・・コンコンと戸を叩く。
私たちはそれを見て、そっと上空へと浮かび上がる。
こちらを見て微笑みながら手を振った清花さんは、家の中から誰かが出てくる気配を感じたのか、ピクリと身体を揺らして戸を見つめた。
(ああ・・・やっとお母さんに会えるね!)
二人にはどんな再会が待っているのだろう。
引き戸が空いて光が外に漏れる。その光に照らされた清花さんは、今にも泣きそうな顔をしている。
戸は開いているのに中からは誰も出てこないところを見ると、きっと影渡さんは驚きのあまり、固まっているのだろう。
それはそうだ。
小さい頃に行方不明になった母親が、突然目の前に現れた。死んだと言われていたにも関わらず・・・しかも、小さい頃の記憶のままの姿で。
そんな状況で、驚かないはずがない。すると、
「お母さんっ!?」
という影渡さんの声が聞こえたのと同時に、一つの影が外へと飛び出してきて、清花さんを抱きしめる。
それだけ見たら、もう十分安心だ。
私たちはさらに上空へと浮かび上がり、そのまま蒼月さんのお屋敷へと向かった黒悠之守は、私たちを屋敷の前で下ろしてくれた。
「今日もまた色々とどうもありがとう。」
そう告げると、黒悠之守は大きな口元をさらに大きくニンマリと微笑んだ。
「あ、そうだ。今日、蒼月さんと婚姻の契りを結んだんです。」
忘れないうちにと早口でそう告げた私に、黒悠之守は言った。
「それはめでたい。主、蒼月殿、おめでとう。」
「あとね・・・私、これからしばらくは人間界とこちらを掛け持ちで生活するから・・・・」
「なんと・・・相変わらず忙しそうだな。まあ、また何かあればいつでも呼んでくれるがよい。」
そう言って「それではな。」と言うと、長老と時継さんを乗せて飛び立って行った。
姿が消えるまで空を見上げていた私たちは、その姿が見えなくなると、
「さて、入るか。」
「さあ、入りますか。」
と、絶妙なタイミングで同じことをつぶやいて、また二人で顔を見合わせて、笑う。
長い一日を終えて帰ってきた私たち。
その半刻(一時間)ほど後、お風呂にも入ってさっぱりとした気分で廊下を歩いていると、
(わ・・・そういえば、今日から蒼月さんと同じお部屋だった・・・)
湯浴み処からの帰り道、思わず元の自分の部屋に戻りそうになっていたことに気づき、慌てて蒼月さんの部屋へと引き返す。
「ふふ・・・間違えて自分の部屋に戻りそうになりました。」
部屋に入り、すでに湯浴みを終えて部屋で本を読んでいた蒼月さんに声をかけると、パタンと本を閉じた蒼月さんが、その本をそっと机に置きながら、
「今日も大活躍だったな。さぞかし疲れただろう。」
そう言って、私に向かって両手を広げる。
私はそれを、労いのために抱きしめてくれるのだと思って、喜んでいそいそと胸元に収まりに行った。
ぎゅうと抱きしめられて、ホッとして、安心して、身体が温まっていることもあってすぐにでも眠りに落ちそうになっていたのだけれど・・・
「・・・さて、奥方殿。夜はこれからだぞ。」
そう言われてハッとして顔を上げると、さっきまでとは打って変わって色気たっぷりの表情で私を見つめる蒼月さんと目が合った。
「え・・・?」
「忘れたのか?俺たちは今日、夫婦となったのだ。」
「あ・・・はい・・・」
確かに、今日が初夜だって、すっかり忘れてた。
だって・・・だって・・・!いつもその気にさせといて、肩透かしだから・・・!!
だけど、今日の蒼月さんは違った。
「ここまで随分、我慢してきたが・・・」
その続きはもう聞くことはできなかった。
なぜなら・・・
「んっ・・・」
蒼月さんの熱く、深い口付けで、あっという間に思考する力を奪われて、そのまま、ぜんぶ委ねてしまったから・・・
 




