第329話 満月の天狗山 -6-
永眠の琥珀に囚われていた人たちは昔の姿のままらしい。
私はどの人たちも知らないから、まったく気づかなかったのだけれど、全員を知っている長老からすれば一目瞭然だったのだろう。
すると、そこで言葉を発したのは、賀茂時継さんだった。
「ああ・・・それはきっと・・・私のせいでしょう。」
その声に、みんなの視線が集まる。
「先ほどは後回しにいたしましたが・・・手短に私についてお話をさせてください。」
そうして話された内容が、今日一番衝撃的な内容だった。
賀茂時継さんは、見た目の通り、平安時代の人だった。
そして、彼は陰陽師であり、大戦争の最中、とある目的のためにこちらの世界にやってきたのだそうだ。
しかし、来てすぐに戦乱に巻き込まれ、もみくちゃになりながら天狗山へと辿り着いてしまった。
その後の成り行きは、先ほど話した通りだそうだけれど、「なぜこちらの世界にやってきたのか」について話してくれた時、その場は一瞬時が止まったように静まった。
なぜなら彼が・・・
「私はこちらに・・・時を止めに参ったのです。」
と言ったからだ。
(時を・・・止める?)
そこにいた誰もが、彼の言葉を反芻したことだろう。実際私もそうしたものの、何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
すると、隣にいた蒼月さんが、当たり前のように尋ねた。
「時を止めるというのは・・・いったい、どういうことだろうか。」
その問いに、賀茂時継さんは、当たり前のようにこう答えた。
「言葉の通り・・・こちらの世界の時間を止めるためにやってきたのですよ。」
謎かけのようなその問答に、誰もが何も言えずにただ彼のことを見つめていると、彼はもったいぶったように言葉を続けた。
「つまりですね・・・戦争を終わらせるために、こちらの世界を停止させに、来たのです。」
停止という言葉を使われて初めて、良い意味ではないと思ったのだろう。天狗たちが途端にざわつき始めた。
しかし、そんなざわめきなど気にするそぶりもなく、賀茂時継さんは言った。
「こちらの世界を停止させれば、人間はもうこちらには魅力を感じなくなる。だから、この世界を一時的に停止せよ、と仰せつかったのです。」
なるほど・・・言いたいことは、わかる。けれども・・・
「それは、誰から?」
煌月さんがいつもとは違う、温度のない声で尋ねると、
「それは申し上げることはできませぬ。」
賀茂時継さんは、しれっとそう答えた。それから・・・
「しかし、停止せずとも、無事、大戦争は終結したのですね。」
そう言った後、
「まあ、私が琥珀に閉じ込められてしまったがために、その後人間界とあやかし界の時の流れが歪んでしまったことは、申し訳なく思っておりますが。」
何気なく放ったその言葉はとても大事な情報だったのに、それを聞き逃すほどの嫌な感覚に襲われる。
(なんか・・・怖い。)
さっきまではただの上品な人だと思っていたのに、この話をし始めた途端、背筋にゾクゾクと悪寒が走るような恐ろしさを感じる。
(なんだろう・・・なんというか・・・)
説明し難い不安に襲われて、唇が乾いてくるのを感じていると、
「それはいったい、どういう意味だ?」
同じように尋常じゃないものを感じたのだろう。蒼月さんも警戒モードに切り替わったのがわかった。
「どういう意味・・・というか、そのままなのですが・・・」
明らかにこちらをイラつかせようとしているのを感じて、一触即発の空気が広がる。そこに、突然、大きな笑い声が響いた。
「ワーッハッハッハ!」
(この地面を揺らすような笑い声は・・・)
声がした方を見上げると、てっきり社に戻ったと思っていたのに、黒悠之守が大きな声で楽しそうに笑いながら、空からこちらを見下ろしている。
「そうか・・・おぬしが陰陽寮の時守の司であったか。どこに消えたのかと思うておったが・・・まさか永眠の琥珀に封じられておるとは・・・流石に我も気づかぬわ。」
どうやら黒悠之守には、彼が誰だかわかっているようだ。
「黒悠よ、どういうことか説明してくれんか?」
さっきまで号泣していた鷲尊さんは、すっかり元のしかめっ面に戻っていて、苦虫を噛み潰したような顔で黒悠之守に尋ねた。
「なあに。人間界とあやかし界の時の流れの均衡は、代々人間界の時守の司の存在によって保たれていたのだ。その彼が封じられてしまったから、大戦争の頃から歪みが発生し始めたのだろう。そして、彼が封じられてしまっていたので、永眠の琥珀の中も時が止まってしまったのであろう。」
さらりと放たれた黒悠之守の言葉を頭の中で復唱して、思わず「え!!」という声が漏れる。
聞き間違いでなければ、今、黒悠之守が言ったことは、私の今後の人生を大きく変えるものになるだろう。
心臓がドキドキと高鳴り始め、思わずギュッと拳を握る。そして、もう一度確認をしようと決めて、私は大きく深呼吸をした。




