第32話 夜市の暴走 -4-
見間違いであってほしいと思って目を凝らしてみても、やはり子供の妖怪だ。
「ちょ・・・なんで!」
驚いた私は、思わず木の影から飛び出して叫んでしまった。
「そっちに行っちゃだめ!」
だが、その声は子供には届かないようで、手を広げてそのまま進んでいく。
(このままじゃ、危ない!)
私はとっさにその子供を庇うために走り出す。
けれど、運悪く、その場所をめがけてだるまが転がってくるのが見える。
(守らなきゃ…!)
まずは子供に追いついてぎゅっと抱きしめる。
それから、こちらに向かってくるだるまが目に入り、その後ろから必死な形相の翔夜くんが追ってくるのが見えた。
翔夜くんがいくら素早いとはいえ、瞬間移動でもしない限り、だるまを追い越すことはできない距離だ。
身体の向きを変え、だるまに背を向けて子供をぎゅっと抱えながら、ふと番所の授業で見た結界の張り方を思い出した。
その時はただ見学していただけだったけど、記憶を辿り、みんなのそぶりを思い出し、見よう見まねで言葉を唱える。
どうせこのままじゃだるまの下敷きになるか、吐いた炎で燃やされるかのどちらかしかない。
それならダメ元で・・・そう思って月影さんがみんなに教えていた言葉を唱える。
「守りの結界、張れ…!」
言葉を発すると同時に、胸元に掛けた守り水晶が急激に熱を帯び、まるで内側からエネルギーが湧き上がってくるような感覚が広がった。
子供を抱きしめる腕に力を込め、目を閉じて強くイメージを思い描くと、周囲の空気が一瞬で変わったが、細かいことを気にしている余裕はない。
(あっつい!!)
その熱さにも負けず、結界がしっかりと張られるイメージを持ち続ける。
それからどれくらいの時間が経過したのか・・・しばらくして、周りから音が消えていることに気づいた。
(え・・・?)
ぎゅっと瞑っていた目を開けて、恐る恐る顔を上げる。
腕の中で子供がもぞもぞと動くのを感じ、抱きしめていた腕を緩める。
「なに・・・これ?」
顔を上げた私の視界に飛び込んできたのは、私たちを覆うように広がった透明でぷるぷると揺れるドーム状の物体と、その壁にめりこむようにして半分埋まってジタバタしている大きなだるまだった。
すると、音が全くしない世界に突然かわいい声が響く。
「おねーたん、しゅごいね。」
ハッとして腕の中の子供を見ると、頭にちっちゃい角が2本生えた、目が大きくてくりくりとした女の子がニッコリ笑ってそう言った後、壁に埋まっただるまを指さして、
「だーるまさーんがこーろんだー」
と言ってキャッキャと笑った。
白い髪がふわふわと揺れて、鬼なのに、その姿はまるで妖精のようだ。
その仕草と言葉に一気に緊張が解けて、へなへなと地面に崩れ落ちる。
はぁ〜〜っと深く息を吐き、ゆっくりと息を吸い込んだところで、現実に戻る。
「あ、そうだ。だるま・・・・と、翔夜くん!」
だるまが壁に埋まっている以外の状況を全く把握できていないことに気づき、顔を上げる。
すると、だるまを縛りあげながらこちらに向かって何かを叫んでいる風の翔夜くんと、その背後でちびだるまたちを縄で捕縛している月影さんが目に入った。
「翔夜くん!」
こちらからも叫んでみるものの、聞こえていないみたいだ。
どうしたらいいんだろう。
どうすべきかわからず、ただドームの外側で起きていることを見ていることしかできない。
その間に、さっきまでの暴れっぷりが嘘みたいにおとなしくなっただるまがめり込んだ壁から降ろされ、しっかりと縛られ、台車に乗せられていく。
ついでに、月影さんが回収したちびだるまたちも一緒に詰め込まれていて、小鬼の女の子はその様子を楽しそうに眺めている。
それから、だるまを積み込み終えた翔夜くんがドームを指さしながら何か言っているのが見えて、しばらくして「けっかい」と言っているのが口の動きからわかった。
(結界ってどうやって解くんだっけ・・・)
番所の授業を再度思い出す。
(ああ、そうだった・・・)
「守りの結界、解けよ…!」
見よう見まねで言葉を唱えると、ぷよぷよのゼリーのようなドームが微かに震え、徐々に薄くなり始めた。そして、まるで霧が晴れるようにゆっくりと空気に溶け込んでいき、最後には完全に消えてなくなった。
その瞬間、さっきまでは無音の世界だったのに、打って変わって騒々しい周囲の音が一気に耳に流れ込んできて、思わず耳を塞いでしまった。




