第328話 満月の天狗山 -5-
さて、あやかし組の皆さんについては、無事に記憶が戻りそうだけれど、あちらはどうなったのだろうかと天狗さんたちの方を見てみると、知らない間にどこかに行っていたのか、鷲尊さんがバサバサと飛んでくるのが見えた。
「さて・・・こちらも始めるか・・・」
そう言って、地面に布を敷き、そこに巾着の中から取り出したたくさんの琥珀をバラバラと置く。
「すごい量ですね。」
思わず私がそう言うと、鷲雅さんが笑いながら答えた。
「とにかく父上は母上のすべてを残すくらいの勢いで記録していたからなあ。」
その言葉に、鷲尊さんは照れて怒るのかと思いきや、意外や意外、
「愛する奥方の挙動をすべて残しておきたいと思って、何が悪い。」
と、男らしく言い放ったのだ。
(あれ?なんか・・・かっこいい??)
その意外な姿に、少しだけ鷲尊さんはいい人なのでは?と思ってしまう。
(よくよく考えたら、奥さんいなくなって拗ねちゃって人間嫌いになったと思われるからな・・・そりゃ、そんだけ愛してたら反動でそうなるか・・・)
自分の中で妙に納得して、つい微笑ましい目で見てしまう。
そのまま見ていると、鷲尊さんはそれらの琥珀を使って何やら呪文を唱え始めた。
すると、先ほどの永眠の琥珀と同じように柔らかい琥珀色の炎が湧き上がり、その炎はゆっくりと志乃さんと清花さんのおでこのあたりから彼女たちに吸収されていく。
もちろん量的には志乃さんに吸収されていくものの方が多い。
しばらくして炎が消えると、鷲尊さんが静かに言った。
「志乃の分は一度では取り込みきれん。とりあえず直近のものだけ戻した。清花殿に関しては、こちらが持っているものはすべて戻した。あとは、影渡の持っている記録で追想の灯籠を使うがよかろう。」
その言葉が終わるのを待たずして、明らかに志乃さんがハッとした表情になる。
訝しげな表情から、何かを考えるような素振りを見せた志乃さんは、ふと辺りを見回した。
そして、まるで今になって鷲尊さんの存在に気づいたかのようなリアクションを見せた後、こう言った。
「あら、あなた。こんなところで何をなさってるの?鷲雅はどうしたの?まさか一人で放っておいているんじゃ・・・」
そこまで言ったところで、鷲尊さんの目から涙が溢れ出す。
「え!やだ!どうしたの!?まさか、鷲雅に何かあったの!?」
ボロボロと涙を流す鷲尊さんを見て、志乃さんは鷲雅さんに何かあったのかと勘違いしているようだ。
「母上!私はここにおりますよ。」
そう言って志乃さんの手を取った鷲雅さんを見て、志乃さんは一瞬びっくりした顔を見せた。そして・・・
「え・・・?鷲雅!?なんか、急に・・・大人になってない・・・?」
その言葉を聞いて、隣にいた蒼月さんが吹き出して、慌てて口を押さえた。
「志乃殿は、少し琴音に似ているな。思ったことがすぐ口から出るところが。」
そう言って、その後も静かにこっそりと笑っている。
「あれ?本当だ!鷲雅くん、ちょっと見ない間に、一気に大人になっちゃって〜〜!鴉天狗さんってそんなに成長早かったっけ?」
隣にいた清花さんも同じ調子で驚いている。
そんな二人に、鷲雅さんは少し口を尖らせて抗議する。
「そりゃあ大人にもなりますよ!何年不在だったと思ってるんですか!!」
ついには鷲雅さんまで涙声になり、志乃さんにしっかりと抱きついて、声をあげて泣き始めた。
(うわ・・・もらい泣きしそう・・・)
目をパチパチしながら泣かないように耐えていたのに、周りの天狗たちが二人からもらい泣きして泣き始めたから、私もとうとう我慢できずに、蒼月さんにしがみついて泣き始めてしまった。
「え!ちょっと!二人とも、どうしたの!?」
「え?え?これ、一体どういうこと!?」
志乃さんと清花さんは、ある程度記憶は戻ったものの肝心な失踪時の記憶がないからか、訳がわからないといった感じで慌てている。
そんな二人に、長老が、
「二人はこの世界では200年以上行方不明だったんじゃ。それが今日、なんの前触れもなく目の前に現れたとあっては・・・いたしかたあるまい。」
そう説明すると、二人は唖然として言葉を失ってしまった。
あちらこちらからすすり泣きが聞こえる中、自分の泣き声が収まると、近くで同じように泣いている声が耳に入った。
ふと顔をあげてそちらを見てみると、煌月さんにしがみついて大泣きしている彗月くんがいる。
「ぼく、母上と200年も離れ離れなんて、嫌だよぉ〜〜!」
鷲雅さんに自分を重ねてしまったのだろう。そう言って、ボロボロと泣いている。
そんな彗月くんに、煌月さんが優しく声をかける。
「大丈夫だよ。200年も離れるなんてことは普通はありえないから。」
(煌月さんも、こういう時はちゃんと叔父さんなんだなあ・・・)
そんなことを思っていたら、
「でも、彗月もそのうち使役に出るだろう?そうすると、しばらくは帰ってこれないからな・・・」
と慰めにならないことを言い出した。その言葉にハッと煌月さんを見上げた彗月くんの顔が固まっている。
(まだまだ母親離れができていないちっちゃい子に、なんてことを言うのか・・・)
それを聞いてまた大泣きし始めた彗月くんを見かねて、思わず口を出してしまった。
「も〜、煌月さんは〜!こっちおいで、彗月くん。」
そう言って両手を広げてあげると、「琴音ちゃああああん」と言ってこちらに飛び込んでくる。
そんな彗月くんの背中をよしよしと撫でてあげていると、少しして泣き疲れたのか、彗月くんは私に抱っこされたまま、すやすやと眠りに落ちた。
そうしてだいぶ場が落ち着いてきたところで、
「しかし・・・・なぜ、皆、歳をとっておらぬのじゃ?」
長老がそっとつぶやいたその言葉に、そこにいたみんながハッとした顔になった。
 




