第326話 満月の天狗山 -3-
見知らぬ人物の登場に、あたりがざわつき始める。
しかし、出てきた方も同じように戸惑いを隠せないように見える。
「え・・・?ここは・・・?」
そうして怯えた様子で辺りを見回す。
身体からパチパチと小さな火花を散らしながらおずおずとこちらを見ている彼女。すると、長老が私に問いかけた。
「琴音殿。今、鳴神 ほたると言うたかな?」
「はい。」
「なんと・・・これは驚いた。」
その口調から、長老はこの人を知っているのだと感じた。しかし・・・当の彼女はその名前には心当たりがない様子で、ただひたすら戸惑っている。
すると、トコトコと彼女に近づいて行ったのは、彗月くんだった。
「お姉ちゃん。怖くないよ。大丈夫だから、ちょっと座って待っててね。」
彼女は彗月くんがにっこりと笑ってそう言ったのを見ると、少しほっとした表情に変わり、小さくうなずいてその場に腰を下ろした。
(どの世界でも、かわいさは正義!!)
「琴音ちゃん、どんどん外に出してあげて!」
彗月くんに言われて、やるべきことを思い出した私は、二人目の解放を試みた。
「橘志乃」
次の名前を呼んだ瞬間、複数の方向から、
「なぬ!?」
「え!?」
という声が聞こえ、場が大きくざわついた。
(これは・・・もしや・・・)
その瞬間、先ほどと同じように光の筋が結界の座布団から空に向かって飛び出し、結界に当たって火花が地表へと舞い落ちる。
そして、パチパチと弾ける火花に包まれた煙の中から現れたのは、かわいらしい女の人で・・・
「志乃!!」
「母上!!」
すぐ近くで声が聞こえたかと思うと、ビュンッという風の音と共に、二体の天狗が彼女に駆け寄った。
「志乃!!」
「母上!!」
もう一度同じ声が響く。
たった今現れた女性のすぐ近くには、鷲尊さんと鷲雅さんが立っていて、しかし、名前を呼ばれている女性はきょとんとした顔で二人を交互に見ているだけだ。
(ああ・・・記憶がないって言ってたもんな・・・)
さて、これからどうしようかと戸惑っていると、彗月くんが言った。
「次の人もね!」
そうだ。まずは全員を解放するのが先だ。
天狗親子には申し訳ないけれど、次の人の名前を呼ぶ。
「藤原清花」
「なんだとっ!?」
「何っ!?」
すると、二人から、さっきと同じような反応の声が聞こえてきて、
(まさか、この人もお母さん・・・?な訳、ないか。)
多分、影渡さんのお母さんなのではないかと思いながら、解放されていく様子を見ていると、案の定、鷲尊さんが、
「本当に・・・清花殿なのか?」
そう声をかけていた。
その後も私は淡々と解放を続けていき、
「賀茂時継。この方で、最後です。」
最後の人を解放したところで、一瞬場が静まり返った。なぜなら、最後の人は、他の人たちとは少し様子が違ったからだ。
(その姿は・・・)
明らかに平安貴族のような出立ちで登場したその男性は、「ふぅ・・・」と息を吐きながら、伸びをしている。
他の人はこの場所にも自分自身にも見覚えがなさそうで不安そうな表情なのに、この人は違う。
「やっと出られたか・・・」
そう言って周りを見回した彼は、彗月くんを見つけると、
「彗月殿、ご尽力に心から礼を申しますぞ。」
と一礼をし、それから私と黒悠之守に向かって、
「同じく、琴音殿、黒悠之守殿。おかげさまでようやく外に出ることが叶いました。御礼申し上げます。」
と言った。
その言葉に、彗月くんが嬉しそうに彼の元へと駆け寄った。
「わーーい!よかった!いなくなっちゃったかと思った!」
そう言っているということは、声で区別がついたのだろう。ただ、解放された人たちはもちろん、この場で解放を見守っていた他の人たちもまったく状況が掴めないという感じで、ただ立ち尽くしているだけだ。
すると、賀茂時継さんは、改めて辺りを見回した後、長老に向かって一礼をした。
「皆様、お騒がせしてしまい、申し訳ございませぬ。私は、賀茂時継と申す者でございます。」
その動作はとても優雅で、服装の通り、上品だ。
「私自身について話をするとやや長いので、先に解放されたこちらの方々について、ご説明差し上げましょう。」
そうして今出てきたばかりの五人を振り返る。彼らと賀茂時継さんは琥珀の中で面識があるからだろう。彼の姿を見て、明らかに皆さん落ち着きを取り戻しているように見えた。
鷲尊さんと鷲雅さんは、今もまだ志乃さんの近くに立ってはいるものの、記憶がないことがわかったのだろう。
無理にどうこうしようとはせず、まずは賀茂時継さんの話を聞くことにしたようだ。
(二人とも、明らかに涙ぐんでるな・・・)
それはそうだろう。
影渡さんの話から推察するに、200年以上ぶりの再会だ。しかも、もう二度と戻らないと思っていた人が目の前に現れたのだ。嬉しくないはずがない。
そんなことを考えていたら、賀茂時継さんが話を始めた。
賀茂時継さんが大戦争に巻き込まれてこの地を訪れた時、石につまづいて倒れ込んだ先に、この琥珀があった。
そして、気がつけば、自身はその琥珀の中に閉じ込められていたというのだ。
(こっわ!!倒れ込んだだけで取り込まれるとか、もう、怖すぎるんですけど・・・)
自分が取り込まれた時、琥珀の中にはすでに三人が閉じ込められていた。
その三人には記憶がなく、いつ、なぜ取り込まれたのかもわからない状態だったらしい。
その話を聞いてどの三人かを尋ねると、手を挙げたのは、志乃さんと清花さんと鏡守 うつろさんだった。
それからまた長い年月が経ち、残りの二人が時期をおいて取り込まれてきたのだけれど、不思議なことに、それは毎回満月の晩であったらしい。
状況を整理したくても、取り込まれた者たちには記憶がなく、何もわからない状態のまま月日が経過した。
そんな中、ある満月の晩、地震による地崩れで、琥珀は地中深くに埋まってしまった。
転がりながら外の世界が見えていた最後の瞬間に目に入ったのは、泉の周りに湧き上がる蒼い炎。それを見た瞬間、彼はすべてを悟ったものの、それ以降、琥珀が地表に出ることはなかったのだそうだ。
「蒼き炎の泉・・・人間界でそれについて書かれた書物を読んだことがあったのです。しかし、それが実在するとは思っておらず・・・目にした時は本当に驚きました。」
賀茂時継さんがそこまで話し終えると、鷲尊さんが一際低い声で「うーむ」と唸った。
「まさか・・・実在したとは・・・であれば、志乃の記憶がないことも理解ができる。」
流石に鷲尊さんは蒼き炎の泉の存在と危険性を知っていたようで、妙に納得した顔でうなずいている。
奥さんの記憶がないのに、あの余裕はなんなのだろう。
そんな違和感を感じつつも、賀茂時継さんの話は続く。
「そうして本当に長い年月を経て、ようやく地表を拝める日が訪れ、彗月殿と出会ったのです。」
そう言って感慨深げな視線で彗月くんを見た賀茂時継さんは、もう一度、
「誠にありがとうございました。」
と、言って頭を下げた。




