第323話 誓い -7-
お屋敷に戻った後、小鞠さんにお祝いの言葉とともに、ふいに言われた。
「して、部屋はどうするのじゃ?」
その一言に、私はハッとした。
(部屋・・・)
確かに、私は今まで“仮住まい”として客間を借りていたけれど、今日からはもう違う。
私は、この家の“嫁”になったのだ。
普通に考えたら、私が蒼月さんのお部屋にお邪魔することになるのだろうけど、一度も訪れたことがない部屋だ。広さも様子も一切知らない。
しかも・・・
しばらく答えられずにいると、蒼月さんが当然のように口を開いた。
「俺の部屋を、ふたりの部屋にしようと思うが・・・それでよいか?」
その声に思わず顔を上げると、蒼月さんはいつものように落ち着いた目で、けれど、どこか照れを含んだような優しい表情で私を見つめていた。
申し出は嬉しい。けれど、一点だけ確認したいことがあった。
「はい・・・ただ・・・」
少し困惑した表情が気になったのだろう。
「どうした?」
蒼月さんが私の顔を覗き込む。
「蒼月さんのお部屋には、美琴さんとの思い出がたくさん詰まっているのではないかと・・・そんな場所に私が入ってしまっても良いのでしょうか・・・?」
その言葉に、蒼月さんがハッとした顔になる。そして、こう続けた。
「ああ・・・確かに美琴との思い出がたくさんある部屋だな。」
その顔がとても優しくて、だけど、不思議と嫉妬のような気持ちは起きなくて、そのまま次の言葉を待つ。
「しかし、思い出は美琴とのものだけではない。部屋はもちろん、この家には俺が生まれてからずっと・・・五百年以上の思い出が詰まっている。そこに、おまえとの思い出も加わっていく・・・と、俺はそう考えている。」
その言葉を聞いて、少しホッとした。蒼月さんにとって、美琴さんはもう過去の思い出の一部に昇華していると感じたからだ。
「それに・・・もう、この家にはおまえとの思い出もだいぶ詰まっているぞ?たった二月ほどとは思えんほどの濃い思い出がな。」
ハハハと笑いながらそう言った蒼月さんの顔は、なんだか少し懐かしそうに見えた。
「ふふ・・・邪魔にならないのであれば、ぜひ、蒼月さんのお部屋にお引越しさせてください。」
「邪魔なわけがあるか。」
そんなやりとりの末、私たちは蒼月さんの部屋で新しい生活を始めることになった。
小鞠さんも、
「すんなりと決まって何よりじゃ。めでたい、めでたい。」
それだけ言うと、また食堂へと戻って行ってしまった。残された私たちは、その足音を聞きながら、お互い顔を見合わせる。
「ふふ・・・なんか、ちょっと照れますね。」
「そうだな。」
そうして、どちらからともなく顔を近づけて触れるだけの口づけを交わすと、
「では、出かける前に部屋を整えるか。」
蒼月さんのその言葉を合図に、一度別れて、それぞれの部屋の整理を始めた。
自分の部屋に戻り、部屋の中を見渡す。
そもそもの荷物が少ないことと、人間界に行く前に片付けをしたこともあって、すぐにでも移動ができる状態だ。
「特にすることないな・・・」
そうつぶやきながら鏡の前を通り過ぎた瞬間、あることを思い出した。
「写真!」
こんなに大事な日なのに、写真を撮っていないことを思い出して、慌てて部屋を出る。
(蒼月さん、もう着替えちゃったかな・・・)
そんなことを考えながら廊下を早足で進んでいくと、向かう先からも同じような足音が聞こえてきて、玄関の前で蒼月さんと鉢合わせた。
お互いに驚いて立ち止まり、見つめ合う。
(ふふ・・・なんでだろう。蒼月さんも同じこと考えてるんだろうな、って・・・ちょっとわかる。)
そんなことを考えて少し笑顔になると、
「これは・・・便利だな。」
ふとそうつぶやいた蒼月さんが、
「婚姻の契りの儀を行うことで、お互いの妖力が交じり合うとは聞いていたが・・・」
その言葉を聞いて、なるほどと思う。
おそらく、蒼月さんもさっきの私のように、私の考えていることを感じ取ったのだろう。
「照相を撮り忘れたな。」
「そうなんですよ!」
そう言ってクスリと笑った私たちは、小鞠さんに声をかけて庭に出る。
庭の一角には紅葉の木があり、紅葉月という暦に相応しく、赤く綺麗に色付いている。
そこで、私たちふたりだけの写真と、小鞠さんと焔くんを含む四人での写真を撮る。
カメラのような機械はなく、蒼月さんが少し離れた場所に丸い光の玉のようなものを浮かばせて、それが弾けると同時に写真が写るようになっていた。
しかも、光の玉が弾けて消えると、蒼月さんの手元にフォトペーパーのようなものが現れて、じわじわと映像が浮かんでくるのだ。
「おもしろい・・・」
その明らかに人間界の写真とは違う撮影の仕組みに私が目を輝かせていると、
「こんなこともできるぞ。」
と笑った蒼月さんは、すっかり映像が浮かび上がった紙を複製して、私に渡してくれた。
「焼き増しまで・・・!」
実は、部屋を出るときに、人間界で充電してきたスマホを持ってきていた。
けれど・・・無事写真も撮れたので、この世界の世界観には合わなそうなスマホは取り出さずにおくことにした。
(この世界で生きていくなら、こういう選択もありだよね。)
手のひらで笑う四人を見つめながらそんなことを考えていると、
「何かあるごとにまた撮影していこう。」
そう言ってくれたのが本当に嬉しくて、私は満面の笑顔で、
「はい!」
と答える。
手の中の写真には、幸せそうに微笑む私たち。
これが、私たちの「あやかし夫婦」としての、最初の一歩になった。




