第321話 誓い -5-
琥珀の産地、天狗山でもほとんど誰も見たことがない「永眠の琥珀」。
長老自身は先代の長老から伝え聞いたことがあっただけで、見たことはなかったそうだ。
長老の先代がいつの人なのかはわからないけれど、それだけ珍しく希少なものだということはよくわかった。
「わしもぜひこの目で見たい。彗月、わしも行っても良いかのう?」
「うん、いいよ!って言ってるよ。」
「そうか・・・じゃあ、帯同させてもらうとするか。」
彗月くんと長老がそんなやりとりをしているのを聞いていた蒼月さんが、
「彗月がいないと琥珀と意思の疎通ができないということは・・・彗月も連れて行かねばならぬが・・・悠華、おまえの予定はどうだ?」
そう言って悠華さんを見ると、
「今夜はうちの人が寄り合いで不在で・・・星華が一人になってしまうので、どうしましょう・・・」
困った顔でそう答えた。すると、彗月くんが、
「僕、琴音ちゃんと蒼月おじさん、煌月おじさんがいるから大丈夫だよ!」
と言って、「ね?」と私を見た。私は別に構わないし、蒼月さんもいるので心配することもないだろう。そう思って、
「はい。悠華さんが問題ないなら、こちらでお預かりしますよ。」
そう答えると、悠華さんはあっさりと了承してくれた。
こうして、長老、煌月さん、蒼月さん、私、彗月くんの五人で天狗山に出向くことになったのだけれど、いかんせんまだ午前中だ。
一旦解散して夜になったら天狗山に向かうということで話がついた。
集合は宵の刻(20時〜22時)。場所はここ、長老のお屋敷。
そこからみんなで一緒に出かけようということになったのだけれど、
「ちゃんと昼寝しておかないと、眠くなってしまうぞ。」
蒼月さんにそう言われて、彗月くんは素直に「はい!」と答えている。
そんなこんなで、まさかこんなことになろうとは思っても見なかったけれど、こうして私たちの婚姻の契りの儀は無事に終了した。
解散後、私たちは関係各所に報告のご挨拶に行くことにした。
麗華さんと風華さんは会合で会う時間がないということなので、後日伺うことにして、それ以外のお世話になった方々のところへと向かう。
書庫では小雪さんにご報告を。禁書の間のあのうるさい本たちには報告しなくていいのかを尋ねると、
「あやつらにはそんな義理も必要もない。」
とバッサリ切り捨てる蒼月さんが、ちょっと面白かった。
それから影渡さんのところに報告に行き、そのタイミングで通行証を申請する。
「わあ〜!おめでとうございます!急展開のようで、なぜかしっくりくるというか・・・本当にご縁があるってこういうことなんでしょうね〜。」
そんな嬉しい祝福をしてくれた影渡さんからは、通行証は午後にはできているので、いつでも立ち寄ってください、と言われた。
(今日の夜の天狗山の件・・・ぬか喜びはさせたくないから、一旦黙っておこう・・・)
これで本当に影渡さんのお母さんが戻って来れたら嬉しいけれど、そんなに上手い話はないかもしれない。
一度極限の悲しみを味わっている人に、確証がないまま期待を持たせてはいけない。
そう思って、私は口をつぐんだ。
さて、その後で訪れたのは、氷華さんのところだ。
ちょうどお昼が近い時間ということもあって、何気なく食事のテイで入店したのだが・・・
「え?なに?もしかして・・・!?」
感が鋭い氷華さんは、私たちの服装を見て察したのだろう。きゃあ〜と言いながら私たちふたりに抱きついてきた。
(わ・・・ひんやり。)
生まれて初めて雪女に抱きつかれ、そのひんやり具合を体感した私は、これは夏は手放せない・・・などとどうでもいいことを考えてしまった。
席について私たちが頼んだのはいつもの?きつねうどんだったのだけれど、お祝いだと言って食後に氷団子という甘味をサービスしてくれた。
お膳に乗って運ばれてきたのは、透き通るように淡い青を帯びた、丸いお団子。
氷の粒をまとったように、表面がほんのりときらめいている。
「久しぶりに食べるな。」
蒼月さんは懐かしそうにそう言いながら口に運ぶと、
「これは、氷華の機嫌のいいときにしか振る舞われない、大変希少な甘味だ。うまいぞ。」
と笑いながら言った。
「今日は希少なもの続きでおめでたいですね。」
そう言いながらひとつ口に運んだ瞬間、舌の上でふわりと溶けるような口どけに、思わず目を見開いた。
外はひんやり、なのに中はとろりと優しい甘さ。冷たさの中に、どこか温もりを感じる、不思議な味わいだった。
「これは・・・氷なのに、やさしい・・・」
口の中に広がるのは、白蜜と果実のような香り。
まるで昔懐かしい記憶に触れたかのような、どこか切ない甘さが後を引く。
蒼月さんが言うように、これは確かに特別だ。
ただの団子じゃない、誰かの気まぐれと、ほんのひとさじの感情が込められたような・・・そんな、一期一会の味だった。
お礼を言って氷華さんのお店を後にした私たちは、反物市に向かった。
言わずもがな、一反木綿の織次郎さんと機織女の綾織さんに、お礼がてら報告に行くためだ。
こちらでもまた反物市に並んでいる反物たちが命でも吹き込まれたのかと思うほどに舞う中、祝福をしてもらった。
本当に、この世界の人たちは温かい。
まだ会って数ヶ月程度の、しかも違う世界の人間に対して、こんなに自分たちの仲間のように接してくれるなんて。
もちろん相手が蒼月さんだからだということも大きな理由だと思う。
そして、最後は・・・番所。
翔夜くんには蒼月さんとお付き合いをすることになった後すぐに伝えてある。
そして、それ以来、翔夜くんは普通に接してくれているけれど・・・やっぱりちょっと気まずい。
(そういえば・・・蒼月さんと翔夜くんって、私とのことで何か話をしてるのかな・・・)
蒼月さんからも翔夜くんからもそれについては特に聞いておらず、自分から聞くのも憚られるので詳しく聞いたことがない。
「あ!ちょっと!」
番所の広間に足を踏み入れると、私たちに気づいた翔夜くんがすぐさま声を上げる。
「月影さんから聞いてはいたけど・・・ふたり揃って登場されたら、信じるしかないじゃん!」
その言葉とは裏腹に、翔夜くんの顔は笑顔で・・・
「おめでとうございます!もう、しょうがないよね。相手が蒼月さんじゃ絶対敵わないし。」
と、今度は口を尖らせる。
翔夜くんの優しさをひしひしと感じながらも言葉を出せずにいると、月影さんがフッと笑いながら翔夜くんに話しかける。
「翔夜がかわいそうだから、今日は飲みに付き合ってやるか〜。」
それから、私たちに向かって、「おめでとうございます。」と微笑む。
最初からずっと私を気にかけてくれたお兄ちゃんみたいな月影さんと、この世界での緊張をほぐすのに一役買ってくれた翔夜くん。
蒼月さんと同じくらい、この二人に出会えたことに感謝している。
「ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします!」
元気よく頭を下げた私を見て笑った翔夜くんは、それからちらっと蒼月さんに視線を向けると、
「あーあー。琴音ちゃんに最初に嫁に来ない?って聞いたのは、俺なのになー。」
って口を尖らせていて・・・だけど、蒼月さんはそんな翔夜くんを見てニヤリとすると、
「いや。俺の方がだいぶ先だな。」
って、笑った。その言葉に、
「え?・・・・え??」
と訳がわからないと首を傾げる翔夜くんに「そのうち教えてやってもよいが。」と最大限もったいぶった言葉を残した蒼月さんは、そのまま私を連れて外に出た。
(五百年も前に求婚していたなんて知ったら、翔夜くんは一体どんな顔をするんだろう。)
ふふふ、と一人で笑っていると、蒼月さんがそっと私の手を取る。
こうして、私たちはそれぞれに報告を終え、一度お屋敷へと戻ることにして、来た道をゆっくりと戻ることにした。




