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第315話 選ぶ未来 -5-

思わず立ち上がった私を、二人が訝しげに見上げる。


「どうしたの?」


どうしたのじゃない!ってツッコみたいのを我慢して、もう一度ソファに腰をかける。


「お母さん!そんなに簡単に結婚の話進めちゃったりして、お父さんに怒られないの?」


そうなのだ。

私が一番心配していたのは、父が不在の間に勝手に結婚の話が認められ、進められてしまうことだ。

そうでなくても女系家系の婿養子である父は、口には出さないものの、多分肩身の狭い思いもたくさんしていると思う。


だからこそ、結婚の話くらいは、「おまえなんかに娘はやらーん!」くらいは言わせてあげてもいいとすら思っているのだ。

まあ、実際言われても無視するつもりだけど。


「事後報告は、さすがにかわいそうじゃない?」


言いたいことはいろいろあったけれど、結局この一言に尽きて、母に問いかけると、母もフフッと笑って、


「そうね。確かにその言い方はあんまりだったわね。」


と言った後で、


「事後報告っていうか・・・」


そう付け加えた後で、次のように説明をした。


蒼月さんのいう「婚姻の契り」というのは、あちらの世界での「入籍」みたいなものだと思っている。

つまり、人間界の戸籍にはなんの影響・変化もないので、父の尊厳は保たれる。


そもそも、蒼月さんはこの世界では存在しないため戸籍がない。なので、「入籍」したいとしてもそれは不可能。

であれば、父に報告や挨拶をするのを急ぐ必要もないし、先に「婚姻の契り」を結んでしまっても良いのではないか。


「事後報告」と言ってしまったが、それらを踏まえて、「この先一緒に暮らしていきたい」と報告するのは後でもいいのでは?という意味だった。


そこまで聞くと、確かにそうだと思うし、なんなら母の方が私よりもずっと状況を把握しているように思えた。

こちらでは入籍できない・・・これは、恥ずかしながら、言われるまでまったく気がついていなかったからだ。


そうなると、「人間界で正式な結婚」をするわけではないので、いろいろと柔軟になることに気がついた。


「確かに・・・」


母の話に、私が思わずそうつぶやくと、今度は蒼月さんが口を開いた。


「だとしても、お父上抜きでこの話を進めても良いものなのでしょうか?」


すると、母は少し考えてからこう言った。


「その前に一つ教えて。二人はどちらで生活するか決めているの?」


またもや確信をついたその問いかけに、思わず蒼月さんを見る。なぜなら、私は何も考えていなかったからだ。

蒼月さんは私の視線を受けて、ゆっくりと話し始めた。


「その件についてはまだ、二人で合意に至っていないのですが・・・」


双方の世界で時間の流れがバラバラなので決めかねているが、本当は時間の流れが同一であれば、両方を行ったり来たりする生活が理想だと考えている。

現状では人間界の一日があちらのほぼ1ヶ月となるため、あちらを拠点としてこちらに顔を出すような生活をすれば、喪失感のない日常になるのではないかと思っている。

ただし、今後時間の流れがどう変わるか、いつ変わるかもわからない今、それ以上のことは検討できていない。


確かにその通りだ。そして、母もそれを聞いて理解したのか、


「そうなのね。私は一生会えないって言われたら悲しいけれど、頻繁に会えるなら、生活の拠点にはこだわらないわ。」


と言った。蒼月さんも、それを聞いて安心したように息を吐くと、


「扉をこの神社につなぎ変えてもらっておりますので、お母上もよろしければいつでも・・・通行証はお持ちと聞いておりますので。」


と笑う。


「そういえば、そうだよ。一度も使ったこと、ないの?」


素朴な疑問で尋ねると、


「ないのよ。だって、どんなところにつながるか不安だし・・・そもそも今までは用事もなかったし・・・」


と、不安そうな顔をする母に、


「じゃあ、今度来てみたら?案内するから!」


と私が言うと、蒼月さんも、


「まだいつになるかは決めておりませんが、ぜひ祝言にもいらしてください。」


と言った。それを受けて母は、


「あら。じゃあ、ぜひ。」


と嬉しそうに顔を輝かせた後で、


「ただ・・・お父さんは通行証がなくて行けないから、それまでにはお父さんに結婚の許可を得て、こちらでお披露目パーティでも開いてちょうだいね。」


と笑った。


うん。確かに入籍はできなくても、お披露目パーティくらいはできる。だって、見かけ人間と同じだもん。


「確かにそれはいい案だね。」


と私が言うと、


「確かに。それであればお父上のことも尊重できますね。」


蒼月さんも続けて言う。


「琴音にはさっき伝えたのですけれど、この家のしきたりにならって婿養子をとる必要はないと考えています。それはお父さんにも伝えていますし、この家の呪いは私たちの代で終わらせる、と承諾も得ています。」


その言葉に、蒼月さんが反応した。


「・・・呪い?」


私がそれについて軽く説明をすると、蒼月さんは「なるほど」とうなずく。そして、


「私自身はこちらに籍を置く身ではありませんが、必要とあれば婿養子として扱っていただいても構いませんよ。実家も女系家系ですので、私は跡取りではないですし。」


その言葉を聞いて、向こうの世界では「華月院」、こちらでは「桜宮」が通用する。ある意味最強の環境ではないか?と私が思っていると、


「それはよいかもしれませんね。籍がなかったとしても、表向きは婿養子。もし、あなたたちに子供が生まれたら、その子供の姓は桜宮になるので、こちらの跡取りにも問題はないはず・・・」


お母さん!?さっき呪いは終わらせるって・・・それに・・・


「ちょ!子供なんて・・・まだ・・・」


いたしてすらいない私たちには早すぎる話題に、一気に頬が熱くなる。それなのに、


「こちらの法のもとではそのようになるのですね。で、あれば、そうですね・・・問題ないかと。」


なんて蒼月さんが真顔で話すから、ますます恥ずかしくなってしまう。


そんな私にはお構いなしに話を進めている二人を見ていると、


「じゃあ、やっぱりなんの問題もないわね!もう、今日、その婚姻の契り?を結んじゃったらいいじゃない!」


晴々とした顔でそう言った母は、


「ね、琴音!」


と、私に回答を求めた。

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