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第311話 選ぶ未来 -1-

周りの視界が霞んでいるのは、朝靄あさもやのせいだろうか・・・鳥のさえずりがやけにハッキリと聞こえる。


視界が晴れてくると、見覚えのある風景が広がっていた。


(帰ってきたんだ・・・)


境内の奥、普段は人が立ち入らない場所。そこに私はいた。


(本当に実家に繋がっているとは・・・)


そんなことを考えながら、とりあえず住居の玄関へと向かう。


(鍵は確かここに・・・)


と、手に持っていた小さなハンドバッグを開けたところで、


「あら。朝帰り?」


突然声をかけられて、小さく身体が跳ねた。誰の声かはわかっているのでゆっくりと振り返ると、そこにいたのはやはり母で、


「あ、ただいま帰りました・・・」


そう言った私を見て、母は微笑んで、


「おかえり。」


と言った。


片手に竹箒を持っているところを見ると、朝の境内の掃除の最中なのだろう。


「なあに?」


言葉も発せずにじっと母を見ている私に、母は訝しげな顔でそう尋ねた。


(どう考えても普通の母親なんだよなあ・・・)


私の知らない母がいることを知った今もなお、信じられない気持ちが大きい。


「お母さん・・・聞きたいことがたくさんあるんだけど・・・」


単刀直入にそう言った私を見て、母は表情を引き締めた。そして、


「そうね・・・そろそろ話をする時なのでしょうね。」


しらばっくれることもなく静かにそう言った母は、こう続ける。


「もうお掃除も終わるから、そうしたらあなたの部屋に行くわ。」


私はこくりと小さくうなずいて、母の背を見送った。


(・・・やっぱり、知ってたんだ。)


驚くでもなく、否定するでもなく、ただ「そろそろ話をする時」と言った母の言葉が、胸の奥にじんわりと響く。


玄関を開けて、懐かしい空気に包まれながら、自分の部屋のドアを開けると、懐かしさが胸にこみ上げてきて、出かけた朝のままの部屋に、私はそっと足を踏み入れた。


(ははは・・・なんか、変な感じ。)


そう思いながら、机の前の椅子に腰掛けた。すると、


──コンコン。


部屋の戸を軽く叩く音が聞こえた。


「入っていいかしら?」


「うん。」


扉が静かに開いて、母が入ってくる。


湯のみを載せたお盆を手にしたその姿は、いつもと何も変わらない。

部屋のソファの前のテーブルに母がお盆を置いたのを見て、私もソファに移動する。すると、母も私の隣へと腰掛けた。


「さてと・・・」


そう言ってお茶を一口飲んだ母は、


「あなたの冒険の話も聞きたいけれど、それはまた今度かしら?先に聞きたいことが・・・あるのよね?」


突然不在になってからの数日、何をしていたのか気にならないわけがない。

それなのに、あくまでも私の思いを優先してくれる母に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「私の冒険は100日分あるから・・・また今度ゆっくりと。で、聞きたいことっていうのは・・・」


そっと手を伸ばして湯呑みを持ち上げる。そして、そのまま一口ゆっくり飲むと、ことりと湯呑みを置いて母の方に身体を向けた。


「お母さんは・・・一体、何者なの?陰陽院の審神座さにざって、何?どうして今まで何も教えてくれなかったの?」


あくまでも責めるような口調ではなく、ゆっくりと落ち着いて尋ねたつもりだ。

それなのに母は、少しだけ困った顔をして、


「ほんとにねえ・・・」


そう言って、ふぅ・・・と息をつくと、


「知らないままでいてくれたら・・・それが私の願いだったのに、やっぱり無理だったわね。」


弱々しく笑うと、ゆっくりと話し始めた。


私がなんとなく想像していた通り、我が家は少し変わった能力を持った女の子が生まれる家系で、みんながみんな最終的には巫女としてこの神社をつなげてきたそうだ。

そんなこともあって、陰陽院が設立されてからは、設立者の一人、桜宮 真琴の子孫が「審神座さにざ」のおさを、もう一人の設立者、安倍晴明の子孫の血筋が「妖務局ようむきょく」のおさを務めることになっている。


審神座さにざとは、陰陽院における“超然的な立場”にある監督機関を指し、通常の陰陽師とは一線を画し、現場には出ず、各部署の方針や活動、また霊的な正統性を監査・指導する組織である。

古くは「審神者さにわ」の末裔とされ、儀礼・血統・結界系譜など、あやかし界と人間界双方に関わる重大な“霊的秩序”の保全を担う。


一方で、妖務局ようむきょくは、陰陽院において日々の実務を担う中枢部門である。

陰陽寮の後継として、異界の記録、通行証の発行、妖災対処などを一手に担っている。


それだけを聞いた限りでは、ちょっと常識では考えられない業務ばかりだけれど、怪しい機関ではなさそうだし、母が「知らないままでいてくれたら」というほどの理由は見当たらない。

だけど、母がその後続けた言葉を聞いて、その言葉は私の心の奥深くまで染み込んできた。


「私は、あなたに普通の人生を歩んでほしかったの。愛して、笑って、泣いて、何者にも縛られずに・・・。でも、きっと心のどこかで知っていたのよ。あなたは、いずれ呼ばれてしまうって。それが“桜宮の娘”の運命だから。」


普通の人生・・・そう言われたら分かる気がする。

前に母から、昔一度強制的に恋人と別れさせられたことがある、と聞いたことがあった。


女系家系のしきたりで、婿養子を迎える必要があった。母の想い人は長男で、それが叶わなかったのだという。


結局母はその後父と出会い、幸運にも二つ返事で婿養子に入ってくれるような人だったと笑いながら話してくれたけれど、それでもその時に受けた心の傷は深かったのだろう。


「だから・・・あの日、白い狐が私の元にやってきた時、やっぱり・・・とは、思ったわ。これは・・・桜宮家の呪いなの。」


悲しそうな顔でうつむいた母は、そうつぶやいた。

だけど、私は少しだけ母とは違う考えだった。


「お母さん・・・」


その声に、母が顔をあげる。


「私、呪いだなんて思ってないよ。」


その言葉に、母は驚きの表情に変わる。


「だって・・・私、この血筋のおかげで、あちらの世界でいろいろな人たちと出会えたから。こっちにいる時は、平凡で退屈な毎日だな、って思ってた。だけど、こんなに刺激的で充実した素敵な毎日があるんだ!って・・・そう思いながら3ヶ月暮らしてたよ。」


それを聞いた母は、少し嬉しそうな顔をして私を見た。そして、


「いいご縁があったのね。」


そう言うと、


「この間の狐さん・・・あれは特別な人なんでしょう?」


突然そんな話を切り出されて、やはり母はなんでもお見通しなんだ、と思った。

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