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第310話 約束 -7-

初めて見る「異界の門」は、意外とさっぱりしたものだった。

もっとおどろおどろしいものを想像していたのだけれど、見かけは黒曜石のような艶のある岩でできた鳥居のような構造だった。


その異界の門は影渡かげわたりさんの受付処の裏庭にあり、話によると、人間界側の出口につながると、それぞれの出口に対応した色の炎で覆われるそうだ。


そして、私は今、その異界の門の前に、影渡かげわたりさんと蒼月さんと三人で立っている。


「そういえば・・・お伝えし忘れていたのですが、新しい門を先日の神社から琴音さんのご実家の神社に移しました。」


その突然の知らせに驚いて声を上げる。


「えっ!?」


「先日人間界に琴音さんの通行証の確認に行った時に、陰陽院に変更申請を出してきたんです。」


いや・・・私は便利だけど、そんなに簡単にいいの?

そんなことを考えていたら、影渡かげわたりさんがこう付け加えた。


九重ここのえさんの封印が解けた今、あの場所を管理している必要も無くなったので。あと、今後のことを考えると、琴音さんのご実家に一つ門を設置しておくのも便利かな、と。」


そんな簡単な理由なのか・・・笑

もっと厳重に管理されているものだと思っていたのに。すると、


「琴音・・・影渡かげわたりはこのようになんてことないように言っているが、これは影渡かげわたりが陰陽院から信頼を得ているからこその処遇で、普通はそんなに簡単に門は変えられないからな。」


蒼月さんがそう補足したのを聞いて、やはりそうかと納得した。


「では・・・準備はよろしいですか?」


その言葉に、全身に緊張が駆け巡る。


「俺は三日後に向かうゆえ、今も時間の流れが変わっていなければそちらでは数刻後だな。」


そうなのだ。

稲荷評議会経由で一度でも通行証を発行されている者は、影渡かげわたりさんからの通行証は発行できないそうで、稲荷評議会の正規ルートで三日待つ必要があるらしい。


「着いたら伝書を送る。」


そうなのだ。(二回目)

こちらで妖力が使える者はあちらでも使えるということで、おそらく私たちも伝書のやり取りができるだろうとのことだった。

しかし、もし、私の妖力がなんらかの事情で使えなくなっていた場合は、実家の敷地内にある稲荷社で蒼月さんに呼びかける、という代替案も決めてある。


「それでは・・・」


影渡かげわたりさんに渡された通行証で鳥居に触れると、鳥居がじんわりと光り始め、しまいには薄紫の炎で包まれた。


「熱さはないので大丈夫ですよ。」


影渡かげわたりさんはにっこりと微笑んで「さあ、中へ」と私を促す。


(いよいよだ・・・)


ゴクリと息を飲み込んで、鳥居の方に一歩、歩を進めると、後ろから手を引かれた。


「あ・・・すまない・・・」


そう言って手を離そうとした蒼月さんの手を、今度は私から握って引き止める。


「絶対に迎えにきてくださいね。約束ですよ!」


握った手を解き、指切りげんまんの形にする。


「これは、人間界で約束をする時の仕草で・・・」


「知っている。番所に来る子供たちがやっているのを見たことがある。約束を破ると酷いことをされるのだろう?」


そう言ってクスクスと笑う蒼月さんに、大きくうなずきながら答える。


「そうですよ。針を千本飲まされたり、ゲンコツで一万回叩かれたりするんです!だから・・・」


約束通り、ちゃんと迎えにきてくださいね、と言おうとした私を、蒼月さんはそのまま引き寄せて抱きしめる。


「わかっている。この約束は必ず守る。」


抱きしめられたまま耳元で少し掠れた蒼月さんの声が響く。

その声が少しだけ震えている気がして、途端に胸が苦しくなる。


理由はわかっている。

蒼月さんがこちらに来る時も、今と同じ時間の流れだという保証はどこにもないからだ。

もしかしたら今とは逆転していて、人間界ではかなり時間が進んでいる・・・という可能性もゼロではない。

そうすると、今度は私が長い時間待つ側になる。


だからこそ、絶対迎えにきてくださいね、と伝えた私の心の内を、蒼月さんは察したのだろう。


でも、そんな不安定な状況でも、少し能天気に考えていることもある。


これがご縁なら・・・これが運命の恋であるのなら・・・必ずまた会える、と。


だから・・・


「はい。信じて待ってますからね!」


抱きしめられたまま、極力明るく努めてそう答えると、ゆっくりと腕を解いた蒼月さんは、


「ああ、約束だ。必ず、また会おう。」


そう言って、私にそっと口づけた。



少しの間見つめ合っていた私たちの後ろで、申し訳なさそうにコホンと軽い咳払いが聞こえ、私たちは一気に現実に戻ってきた。


「あ・・・すみません!」

「ああ、すまない・・・」


二人同時にそう言った私たちに、影渡かげわたりさんは笑いながら、


「ふふ、本当に仲良しですね。大丈夫ですよ!万が一の時は、私も協力してお二人を絶対に再会させますから!」


と、心強い言葉をかけてくれた。


そうしてひとときの別れを惜しんだ私たちは・・・


「では・・・行ってまいります。」


「ああ、また後でな。」


という短い会話を交わし、私はゆっくりと鳥居をくぐる。すると、あたり一面に霧が発生して視界が霞んでくる。


振り返ると、鳥居の向こうにいる蒼月さんと影渡かげわたりさんも徐々に霞んでいき・・・


「行ってきます・・・!」


ともう一度声をあげたのと同じくらいのタイミングで、二人は見えなくなってしまった。


(もう・・・進むしかない・・・)


再び振り返り、進行方向に向き直った私は、


「さあ、人間界に戻りましょう。」


とひとりごとのようにつぶやいて気合を入れ直すと、霧の中へと歩を進めた。

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