第307話 約束 -4-
その言葉を聞いて、麗華さんはとても嬉しそうに微笑んで、
「久しぶりの祝言、楽しみですわ。」
と言った。
そして、そのやりとりを呆気にとられた様子で見ていた他の家族たちは、次々と蒼月さんを質問攻めにし始める。
そんな中、蒼月さんは意味ありげな笑みを浮かべて「さあな」と言うと、
「やることがたくさんありますゆえ、本日はこれで。」
そう言って場を閉めようとする。
(相変わらずの塩対応・・・笑)
私は私で蒼月さんと煌月さんのやりとりを聞きながらクスクスと笑っていると、蒼月さんは私の腰に手を当てて、部屋を出ようとする。
そして、そのまま数歩進んだところで、私は慌てて振り返り、みなさんに頭を下げる。
「また改めてご挨拶に参ります!」
そんな私に、みなさんは笑顔で手を振ってくれて・・・それを見た蒼月さんはふと思い立ったように麗華さんを振り返った。
「母上・・・」
その言葉に、視線が集まる。
「今回の件・・・ありがとうございました。」
何が・・・とはっきりとは言わなかったけれど、麗華さんには伝わっていると思う。その証拠に、麗華さんは一瞬で母親の顔になって、
「あなたが幸せなことが、私の幸せです。二人とも、おめでとう。」
と、微笑んだ。
実家を出たところで、蒼月さんが私に尋ねた。
「どうする?もう、別れの挨拶は不要ではないか?」
そう言われたら確かにそうだなと考え込む私に、蒼月さんは付け加えた。
「とりあえず・・・屋敷に戻るか?これからのことについてゆっくりと話したい。」
蒼月さんらしくない少し浮かれた様子を見て、照れくさいやら嬉しいやら・・・私までそわそわしてしまう。
「そうですね!」
満面の笑みでそう言った私を見て、蒼月さんは私の手を取る。そしてそのまま私たちは家路を急ぎ、玄関で出迎えてくれた小鞠さんに、
「なんじゃ、二人して浮かれおって。何かいいことでもあったのか?」
と怪訝な顔をされた後、蒼月さんから真名の件も含めて結婚の報告を聞いた小鞠さんは、
「なんと・・・そんなことがあるのだな。しかし、めでたい!今夜は琴音殿への餞別の食事にしようと思っておったが・・・いやいや・・・祝いの食事に変更しよう!」
と両手を広げて万歳をして喜んでくれた。そして、
「焔も出してやるのであろうな?この機会を逃したと知ったら、一生言われるぞ。」
小鞠さんからそう言われた蒼月さんは、
「確かにそうだな。まあ、もう俺の体力もほぼ回復しているゆえ・・・焔も久々に体現するか・・・」
と言ったものの、
「しかし・・・今すぐ出すとうるさそうゆえ、琴音との話が終わってからにするとしよう。」
クスリと笑ってそう言った蒼月さんを見て、私も小鞠さんも「確かに」と同時につぶやいて、しまいには三人で顔を見合わせて笑ってしまった。
こんなちょっとした出来事が嬉しくて、楽しくて。
そんな毎日をこれからも過ごせるのかなと思ったら、幸せな気持ちが胸の中に溢れてくる。
笑いが一段落したところで、小鞠さんが私たちに言った。
「さて・・・このまま玄関先で立ち話というのも無粋ではないか?おぬしたち、二人で話があるのであろう?」
その言葉に、蒼月さんも「そうだな」とうなずいて、私の手をそっと取る。
「じゃあ、部屋で。落ち着いて話そう。」
後でお茶を持って行く、という小鞠さんにお礼を言って、私たちは、ふたり並んで私の部屋へと歩き出す。
廊下を歩くあいだにも、胸の中にふんわりとした幸福感が広がっていく。 さっきまでの笑い声がまだ耳に残っていて、ほんのりと心をあたためてくれる。
静かに戸を開けると、途端に「帰ってきた」という気持ちになる。
朝出かけて数時間しか経っていないのに、気持ちの変化だけでこんな感じ方をするなんて、自分はなんて単純なのだろうかと笑いそうになる。
そうして私たちはちゃぶ台を挟んで座り、小鞠さんが運んできてくれたお茶を前にして、ほんの少しの沈黙のあと、ゆっくりと話し始めた。
「さて・・・改めて今後について話したい。」
その言葉に、ピシリと姿勢を正す。
「差し当たって決めたいのは、おまえのご両親への挨拶と、婚姻の契りを結ぶ日についてだ。それ以外で、琴音の方で何か話したいことはあるか?」
「そうですね・・・私も一番気になっているのはその二つですね・・・それによって人間界に帰る日も調整できるかもしれないし・・・」
予定通り明日の朝帰るとなると、私は人間界発行の通行証で帰ることになる。そうすると、戻ってくる選択肢としては陰陽院の職員となるしかないのは、今までと変わらない。
だけど、こちらで蒼月さんと婚姻の契りを結べば、こちらからの通行証で人間界に行けるので、戻って来れない問題はなくなる。
ただし、発行までの時間や、どんな手続きが必要かわからないので、そこに時間がかかるとなると、やはり先に人間界に戻って、最低限会社の問題を解決する必要がある。
結局堂々巡りだ!
その話を蒼月さんに伝えると、蒼月さんはあっさりと、
「手続きにかかる期間や必要なことは、影渡に確認すればよいことだろう。」
と言う。
確かに・・・なんというか、焦るとそんな基本的なことが抜けてしまう自分に思わず苦笑いしてしまう。
「おっしゃる通りですね・・・」
私は蒼月さんにそう答えると、
「影渡さんに聞いてみます。」
そう言って、影渡さんに、婚姻の契りを使った通行証の手続きの仕方と発行までにかかる期間を訪ねる伝書を送った。
返事を待つ間、今度は「いつ婚姻の契りを結ぶか」の話題に移る。
そして、それについては、蒼月さんが「俺もしたことがないのであまり自信はないのだが・・・」と言いながら説明してくれた。




