第286話 稲荷評議会 -6-
結局気まずい雰囲気のまま帰路に着いた。
帰りは駕籠を断って、徒歩で帰ることにした。
蒼月さんは手を繋いでくれているけれど、二人とも言葉を発することなく無言で歩き続けている。
「何か行き違いがあるようですね。きちんと話合いを持ちなさい。」
別れ際に麗華さんはそう言ってフォローしてくれたけれど、「無理」という言葉の衝撃は私の中では結構重い。
ただ、そもそもどういう意味で「無理」と言ったのかが定かではないので、私もあの時、意地悪な返しをすべきではなかったと反省している。
でも、なんとなく「無理=拒絶」という意味が強くて、「祝言をあげましょう」と言った麗華さんへの返答が「無理」だったので、「おまえとは結婚なんて考えていない」という意味で受け取ってしまったのだ。
正直、付き合い始めてまだ一月ほどしか経っていないのに、結婚なんて・・・
結婚どころか、身体すら重ねてないのに・・・
蒼月さんについて知らないことも山ほどある。
そんな状態で「お嫁さんになりたいです!」って思うほど、私は・・・
私は・・・
私は、これからもずっと一緒にいたいと思うほどには蒼月さんが大好きで。
表向きは「そんな、一ヶ月で結婚なんて考える?」って言いながらも、実際はちょっと妄想したりしてて。
だからこそ、「無理」という言葉の破壊力に打ちのめされてしまったのだ。
涙こそ出てこないものの、気分が沈んで、歩きながらずっと地面を見続けている。
しばらく無言で歩き続け、気づくと蒼月さんのお屋敷の門の前だった。
そっと手が離れて思わず顔を上げると、少し苦しそうな顔をした蒼月さんが私を見下ろしている。
「琴音・・・」
名前を呼ばれて、何を言われるのか身構えて身体がビクリと揺れる。
「もう、この前みたいな状況は作りたくない。これから、話がしたいのだが・・・」
そう言って蒼月さんが歩み寄ってくれようとしているのに、断る理由はない。
「はい。私も話したいことがありますので・・・」
「無理」の真意も聞きたいけれど、それを含め、今後のことについてきちんと話しておきたいと思っていたので、蒼月さんの提案に乗った。
屋敷の中に入り、あらためて私の部屋に向かう。
そうしてお互いいつもの場所に座ると、蒼月さんが口を開いた。
「先ほどは・・・母がすまない。」
(母が・・・すまない?あ、突然の祝言の話かな?)
「いえ・・・母親ってああいうところありますよね。うちの母もあんな感じで先に先にと話を進めること、ありますよ。」
舞い上がって勝手に話を進めてしまうのは母親あるあるだと思う。
「そうかもしれないが・・・なんというか・・・」
「蒼月さん。私が気になったのは、そちらではありません。」
話が逸れないよう、勇気を出して踏み込んでみる。
「無理・・・の意味を、教えて下さい。私が勘違いしているだけかもしれないので。」
すると、蒼月さんは一瞬表情を引き締めた後、小さく息をついて話し始めた。
「あの無理は・・・」
そこまで言ってもう一度息をつくと、続く言葉を一気に放つ。
「あの無理は、祝言をあげることはできない、という意味だ。おまえと、という意味ではなく、誰とも、という意味で。」
それは、誰とも結婚する気がない、ということだろうか・・・そこまで考えて、その疑問は口にだすことにした。
「それは、誰とも結婚・・・あ、祝言を挙げる気がないということですか?」
「いや、違う。祝言を挙げる気がない、ではなく、祝言を挙げることができないんだ。」
その微妙なニュアンスの違いがよくわからなくて、反芻しながら考えていると、蒼月さんがゆっくりと言った。
「俺は・・・真名を失っているゆえ、正式な婚姻の契りが結べないのだ。正式な婚姻を結べないということは、家の名を冠した祝言は挙げられないということだ。」
言っていることは理解できたのに、内容が理解できない。
「正式な婚姻の契りではない場合、相手は家の行事には参加ができない。そういう変わった決まりがあってな・・・」
そこまで説明されて、なんとなく理解が追いついてきた。
蒼月さんが言った「真名を失っている」というのは、おそらくすでに誰かに真名を知られてしまっているということなのだろう。
そう考えると、正式な婚姻ができない云々は前に煌月さんが言っていたことと辻褄が合う。そして、その状態だと「正式な家族」だと認めてもらえない、ということなのだろう。
「美琴さんとは・・・」
そういえば美琴さんとはどうしていたのだろうか。ふと気になって尋ねると、
「美琴とも正式な婚姻関係ではなかった。ゆえに、祝言もあげていないし、寿命の共有もできなかった。」
サクッと新しい情報が紛れ込んでいて、思わず聞き逃しそうになった。
「寿命の、共有・・・?」
「ああ、正式な婚姻の契りを結んだ二人は、寿命の共有ができる。」
(そ、それはすごい・・・)
そして、そこまで聞いて、蒼月さんの放った「無理」の意味を明確に理解した。
つまり、真名をすでに誰かに告げてしまっているため、正式な婚姻の契りは誰とも結ぶことができない。なので、家族イベントとなる祝言は挙げることができず、その「無理」だったということだ。
「母もそのことは承知しているはずゆえ、なぜあんなことを言い出したのか理解ができず、つい強めに言い返してしまった・・・」
そうなのか・・・その理由は私にはわからないけれど、「私とは無理」という意味ではなかったことに、今はただただ安堵している。
「蒼月さん・・・ごめんなさい。」
となると、さっきの意地悪な物言いは謝っておきたい。
「私・・・てっきり私とは結婚・・・あ、婚姻の契りを結びたくないという意味だとばかり思って・・・意地悪なことを言ってしまいました。」
ぺこりと頭を下げて謝罪する。そのまま沈黙が続き、私がゆっくりと顔を上げると、なんともいえない表情の蒼月さんと目が合った。
その瞬間、自分の言葉を思い出して一気に赤面する。
(これじゃ、私は結婚したいのに、したくないって言われたって拗ねてたみたいじゃん・・・!)
「あ、あ、あの・・・違うんです!」
ズイ、と私の方に身を乗り出して、蒼月さんが距離を詰めてくる。
その勢いに押されて、座ったままジリジリと後退りをすると、蒼月さんも下がった分だけにじり寄ってくる。
「何が・・・違うのだ?」
ものすごい近くで低く囁くように発せられるその声に、私の顔はますます熱を帯びていく。
そうしてどんどんと壁際に追い詰められて、ついには背中が箪笥に当たると、
「・・・で?」
少し意地悪な顔をした蒼月さんは、首を傾げながら問いかける。
「・・・で?とは・・・?」
私は私で精一杯抗ってみるものの、もう、陥落寸前である自覚はある。
それなのに・・・
急にスッと身体を引いた蒼月さんは、
「おまえはどうするんだ?人間界に帰るかも、と言っていたが・・・」
そう言って、私の目の前に座り直した。




