第283話 稲荷評議会 -3-
場の空気が緩んだことで、私の気持ちも緩む。
「なんか・・・すごいですね。」
隣に座る蒼月さんに思わずそう問いかけると、苦々しい顔をした蒼月さんは、
「総会だと知っていたら来なかったがな。」
と言った。そんな蒼月さんにさらなる疑問をぶつける。
「そもそも、稲荷評議会ってなんなんですか?蒼月さんのお母さんは、その会の偉い人なんですか?」
モヤモヤと溜まっていた疑問をついぶつけてしまった私に、蒼月さんはハハっと弱く笑った。そして、
「そうだな。おまえはもっと訳がわからないよな。」
「そういえば、六条や祝部も稲荷評議会って口にしていましたね。」
そんな会話をしていると、ふと背後に人の気配を感じた。その気配に振り向くと、そこには九重親子が立っていた。
「その節は、本当にありがとうございました。」
八重さんがそう言って頭を下げる。
「お母さんと一緒に暮らせるようになって、よかったですね!」
人の姿をしているのは初めて見たけれど、八重さんの隣にいるのは間違いなく九重さんだろう。
私がそう言うと、二人揃ってふわりと微笑んでうなずいた。その表情はやはり親子だなと思わせるほどそっくりだ。
「話があるのなら、座ったらどうだ?」
蒼月さんにそう言われ、二人は私たちの近くに腰をかける。
「お身体の具合はいかがですか?」
突然、九重さんが蒼月さんにそんなことを尋ねたので、一瞬理解が追いつかなかった。
でも、そういえば元々妖力の暴走は九重さんの妖力の高さが原因で起きていたことを思い出した。
(この見かけだと、あの九重の面影が全然ないんだよね・・・)
暴走していた九重さんは九尾の狐の姿をしていたし、そもそも巨大で毛も逆立っていた。今こうして人の姿をしている中に面影を見つけようというのが間違いか。
「ああ、大事ない。そなたはいかがか?」
「はい、私もすっかり落ち着いております。」
二人とも落ち着いていると聞いて、よかったと胸を撫で下ろしていると、
「時に蒼月殿。明日、お時間があるようでしたら、くだんの件についてお話がしたいのですが・・・」
(くだんの件・・・あのことだろうか・・・)
「ああ、承知した。それでは、明日。午後の刻(14時〜16時)以降であれば屋敷におりますゆえ。」
そうして約束を取り付けると、話は済んだのか、二人はするりと立ち上がった。
「明日・・・琴音さんともお話しできますか?」
去り際に八重さんが私に向かってそう問いかけたのを聞いて、私もそっとうなずくと、ふわりと嬉しそうに微笑んだ八重さんは、
「ありがとうございます。では、明日・・・」
そう言って、元の席へと戻って行った。
二人の背中を見送った後、蒼月さんが思い出したように口を開く。
「ああ、稲荷評議会の話をしていたのだったな。稲荷評議会というのは・・・」
「琴音ちゃぁ〜ん!」
休憩中のざわめきの中、一際可愛らしい高い声が響く。パタパタと足音を響かせながらやってきたのは、星華ちゃんと彗月くんで、
「わーい!」
「会いたかったー!」
二人同時にそう叫んだかと思ったら、私に向かってダイブしてきた。家出していた時以来だから、二人に会うのは二週間ぶりくらいだろうか。
「二人とも、久しぶり。元気そうね。」
パタパタと尻尾を揺らしながらじゃれついてくる様子がかわいくて、おしゃべりをしていると、
「星華、彗月。ここは屋敷ではない。行儀が悪すぎるぞ。」
蒼月さんが低い声で嗜める。
「ごめんなさい。」
「ごめんなさい。」
その声に、二人はパタリと静かになり、私の隣にちょこんと座る。
(かわいい・・・)
叱られてかわいそうなのに、かわいさが勝ってしまい、思わず笑みがこぼれてしまう。
「琴音も。この二人のことは甘やかさないでほしい。」
その言い方があまりに真剣だったので、笑っている場合ではないと気づき、私からも謝る。
「すみません・・・」
すると、私が怒られたのは自分たちのせいだと思ったのか、二人が蒼月さんの方を向いて私を擁護し始めた。
「琴音ちゃんは悪くないの!僕たちが悪いの!」
「琴音ちゃんを叱らないで!私たちいい子にするから!」
しかし、それでも蒼月さんは表情を崩さず、二人に向かって静かに話し始める。
「屋敷ではいくら騒いでも構わん。しかし、この場は公の場だ。これからはきちんと場をわきまえられるか?」
幼児に向かって、なかなか厳しい物言いな気もするが、この会議の格式などを考えると、私が想像もつかないくらいきちんとした場なのだろうなと思う。
口元をギュッとつぐんだままうなずく二人がいじらしい。
「おまえたちは華月院の後継者だ。公の場での振る舞いには常に気をつけるように。」
蒼月さんがそう言い終わると、二人は口々にこう言った。
「承知しました!」
「承知しました!」
この、子供なのに大人びた振る舞いを見て、宵之守くんを思い出した。あの子もまた、良家の責任ある立場の子供だったのだろうか。
二人のその振る舞いを見ていた蒼月さんは、その瞬間ふわりと微笑んで、
「偉いぞ。」
そう言って、二人の頭をそっと撫でる。すると、さっきまでの硬い表情は何処へやら、
「蒼月おじさん〜!」
「蒼月おじさん〜!」
一気に破顔した二人は、最初の時と同じように、今度は蒼月さんへとダイブをするのだった。
(わかってないじゃない・・・笑)
せっかく諭したのにまた振り出しに戻っているのを見てついに笑ってしまった私に、蒼月さんも苦笑いするしかなくなっている。
結局蒼月さんは二人を抱え上げると、
「悠華に返してくるので、待っていてくれ。」
そう言って、じゃれつく二人を宥めながら部屋を出て行った。




