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第280話 影渡の告白 -4-

そんなに苦労して私を連れてきたはずなのに、私が八重やえさんと接触したのは、本当に最後の最後の瞬間だ。

首を傾げる私を見て、影渡かげわたりさんはフッと微笑んだ。


「あなたをこちらに連れて来る時、一つだけ門番から約束させられたことがあったのです。」


(約束・・・?)


「こちらの世界に入った後は、こちらの運命に任せること。間違っても最初からすべてを説明して協力を請うことはしないように、と。」


それを聞いて、さっきまでの疑問はあっという間に解けた。


「だから、あんな森の中にひとりぼっちで放置されてたんですね・・・」


苦笑いをしながらハハハと漏らす私を見て、蒼月さんも笑いを堪えている。


「はい。でも、その後の琴音さんは、私たちも驚くほどの速さでこの世界に馴染み、そして成長していかれました。」


開き直って生活していただけなんだけど、そう言ってもらえるなら、それはそれで嬉しい。


「私は祝部ほうりべと六条につきっきりだったので、主に八重やえさんがあなたのことを見守っていました。」


全然気づかなかった・・・


そう思って蒼月さんを見ると、


「それはまったく気づかなかったな。まあ、敵意がある人間ならともかく、見守りでは気づくまい。」


同じように少し意外そうな顔で言った。


「そうして、ついにあの日、琴音さんは見事に九重ここのえを弱体化させただけでなく、祝部ほうりべ の思惑を阻止することに成功したのです。」


その言葉に少しだけ違和感を感じた。


祝部ほうりべを穴の中に落としたのは、影渡かげわたりさんですよ?」


「それはそうなんですけれど、それができたのはすべて、あなたと蒼月さんのおかげです。さらに言うと、奈落の門は黒悠之守こくゆうのもりでないと閉じられないし、異界の門は人間のあなたがいないと完全に閉じることはできないのですから・・・」


その言葉を聞いて、色々と細かい制限をうまくクリアしながら、今回のことが収束したのだということを改めて感じる。


『起きることには全て理由があるのよ。それがご縁というものなの。』


またもや母の言葉を思い出す。


「ご縁って、すごいですね・・・」


思わずそうつぶやいた私に、そこにいた全員が静かにうなずいた。そして、


「と、これが、今回の私の行動の背景です。改めて、申し訳ございませんでした。」


影渡かげわたりさんがそう言うと、長老はゆっくりと口を開いた。


「なるほどな・・・おぬしの事情と行動の理由は理解した。しかし・・・」


その言葉に私も思わず身体を硬くする。


「一人で悩まんとも、わしなり蒼月なりに相談してくれてもよかったのではないか?」


長老の言うことはもっともだ。しかし、


「はい。もちろん考えました。ただ・・・」


そう言って俯いた影渡かげわたりさんは、


「言えなかった大きな理由の一つとして、祝部ほうりべがとても嗅覚と直感が鋭いことがあり、迂闊に皆さんと接触できなかったということがあります。」


それを聞いて、あのみおそのでのことを思い出して思わず身震いをする。


「もう一つは・・・」


そこまで言った影渡かげわたりさんは、少し戸惑いを見せた後で、


「私は・・・半分はあやかしですが、もう半分は人間です。そんな私の言うことを、皆さんが信じてくれるかどうか・・・自信がなかったということも、あります・・・」


おずおずとそう言った。


それを聞いた長老は、一瞬豆鉄砲でも喰らったのか?という顔をした後、盛大に吹き出した。


「わっはっは。影渡かげわたりよ、おぬし、本気で言っておるのか?」


その長老の反応に、今度は影渡かげわたりさんが拍子抜けした顔をする。


「え・・・?」


声高々に笑っていた長老は、笑うのをやめると、今度はとても愛おしそうな顔で影渡かげわたりさんを見た。


「おまえはわしらにとってはなくてはならぬ存在じゃ。人間とかあやかしとか関係なく、影渡かげわたりという一人の存在を少なくともわしは信じておるぞ。」


長老はそう言うと、意味ありげに蒼月さんを見た。すると、蒼月さんも大きくうなずいた後で、


「同じく。この世界で誰よりも重い任務を、文句も言わず黙々とこなしてくれているおまえには信頼と感謝しかない。信じないと思われる方が心外だぞ。」


苦笑いをしながらそう言った蒼月さんを見て、影渡かげわたりさんは気まずそうにうつむいた。


「・・・というわけじゃ。今後同じようなことがあれば、迷わず助けを求めてくれるかのう?」


そんな不吉なことを言い出した長老に、


「ありがとうございます・・・もうこんなことはないと思いたいですが、かしこまりました。次からは臆せず相談いたします。」


そう言って深々と頭を下げた影渡かげわたりさんが再び顔を上げると、心なしかその瞳は潤んでいるように見えた。


影渡かげわたりさん・・・」


今ここで言うことではないのかもしれない。けれど、私にはどうしても彼女に伝えたいことがあった。


「私、ここに来てすぐくらいの時に、番所で子供たちと一緒にお勉強をしていたんです。」


突然の私の言葉に、影渡かげわたりさんはなんだ?という顔で私を見る。


「その時、影渡かげわたりさんの話が出たんですけど・・・子供たちみんな人間界に興味津々で、影渡かげわたりさん、早く帰ってこないかな〜って心配してました。」


そこまで言うと、私の言いたいことがわかったのか、影渡かげわたりさんは少し恥ずかしそうな顔になる。


影渡かげわたりさんの存在って、みんなにとってすごく貴重なんだと思います。昨日もあっという間に人だかりになっていたし・・・」


昨日の様子を思い出して、思わずふふっと笑ってしまう。


「人間界に行くために必要な人、ではなく、あやかし界に必要な人・・・そう思われてるんだなって、私は感じましたよ。」


言いたいことを言うだけ言って長老を見ると、ニコニコと微笑んでいる。

蒼月さんも優しい顔で影渡かげわたりさんを見ている。


これでみんなから愛されていることを信じられないなら、今度は私がお説教をしなくては・・・


そんなことを考えていたら、顔を上げた影渡かげわたりさんは、頬を少し赤くしたまま、


「ありがとうございます・・・本当に・・・」


そう言って、嬉しそうに微笑んだ。

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