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第270話 奈落の門 -3-

黒悠之守こくゆうのもりの背に乗ったまま、私たちは黄泉比良坂よもつひらさかへと降り立った。


徒歩で行ったときは緩い阪を登った記憶があるけれど、空から直接着陸した今は、ただの山の中、もしくは林の中・・・そんな雰囲気の場所で、あたりは奇妙な静けさに包まれていた。


夜の闇が辺りを覆い尽くし、新月の今日は暗闇がすべてを吸い取っているような気までしてくる。

風が吹き抜けるたびに、乾いた草がざわりと音を立てる。

地面は土が剥き出しになっていて、しめ縄が張られた二本の石柱が見える。


ここから見る景色は、まるで、長い時間の中で忘れ去られたかのような雰囲気だった。


初めて訪れたわけではないのに、この異質な空気に満ちた光景に、私は思わず息を呑む。


そして、石柱の先に目を凝らすと・・・黄泉の扉であろう千引ちびきの岩と思われる大きな岩の前に、一人の男がひざまずいていた。


祝部ほうりべ 冬嗣ふゆつぐ


彼は巨大な岩の前で、ゆっくりと両手を掲げる。

その指先に纏う黒い炎が、まるで生き物のように揺らめき、岩の表面をなぞるように走っていた。


そして、その傍らにはもう一人の影——

暗がりの中でじっと祝部ほうりべを見つめる、細身の女の姿がある。


影渡かげわたりさんだ。


彼女は腕を組み、表情を読ませぬまま静かにその様子を見守っている。

ただただじっと、その事の成り行きを観察しているかのように・・・。


「とにかく、止めなければ。」


蒼月さんが低くつぶやいて駆けていくのを見て、私も慌ててその後に続く。


すると、その気配を感じたのだろう。祝部ほうりべがゆっくりと顔を上げてこちらを見ると、薄暗い中、その瞳だけがぎらりと妖しく光った。


影渡かげわたりさんも同じタイミングでこちらを見て、そして、私と一瞬目が合った。


(・・・え?)


その瞬間、強烈な違和感が私を襲った。


(今の表情は、一体・・・)


私の対人感覚が鈍っていなければ、今の影渡かげわたりさんが見せた表情は・・・「気まずい」という表情だ。


(どういうこと・・・?)


ずっと隠れていたのにこんなところで気づかれて気まずいのだろうか。

いや、でも、さっき幽月湖ゆうげつこでも目は合わなかったにせよ、対面している。


私は先ほどの表情の正体を探ろうと、影渡かげわたりさんをじっと観察した。

すると、それに気づいた彼女は、今度は「焦っている」ように見えた。


「随分と遅かったな・・・もう壱の扉は開いてしまったぞ?」


突然低い声が耳に届き、我に返った。


壱の扉というのは、黄泉の扉のことだろう。

祝部ほうりべの声は静かだったものの、その端々には明確なあざけりが滲んでいた。


確かに千引ちびきの岩がズレた後には大きな黒い穴がぽっかりと空いている。

上空から見た状況とほぼ変わりはない。


今は何かが出入りしている様子はないが、先ほどの煙のように上空に舞い上がってきた魑魅魍魎ちみもうりょうたちは、この穴から出てきたのだろう。


その時、何かが光を反射してキラリと光ったような気がして、祝部ほうりべの手元に目を凝らした。


——そこには、漆黒に鈍く輝くあの耳飾りがあった。


(あれは・・・!)


「その耳飾りを、こちらによこせ。」


蒼月さんが強く言い放つと、祝部ほうりべは少し驚いた表情を浮かべた後、ニヤリと薄く笑った。


「ほう。これが耳飾りだと知っているということは・・・もう片方を持っているのはおまえか?」


その言葉に蒼月さんは返事をしなかった。

しかし、それを見て、祝部ほうりべはフッと薄ら笑いを浮かべて言葉を続けた。


「まあ、いい。どちらにせよ()()()()は不要だからな。」


そう言うと、手に持っていた耳飾りを、ぽっかりと大きく口を開けた穴の中に放り込んだ。


カツン・・・・カツン、カツン・・・


穴の中は土ではなく岩なのだろうか。

静まり返ったこの場所で、耳飾りが当たって小さな音を立てながら、どんどん奥に転がっていくのがわかる。


そしてやがてその音が聞こえなくなると、今度は再び静寂に飲まれた。


まるで世界が揺らいだような錯覚に陥る。


風が止み、音が消える。

夜の闇が濃くなり、あたりの温度が一気に下がる。


思わず息を詰めた瞬間、全身の産毛が逆立つような悪寒が背筋を駆け抜けた。


何かが、こちらを見ている。


穴の奥深く——

形を成さぬ、黒よりもなお深い闇が、じっとこちらを窺っている。


それは言葉を持たず、ただ存在するだけでこちらを飲み込もうとする、圧倒的な()()だった。


(これは・・・本当に、開いてはいけない・・・!)


蒼月さんの腕をぎゅっと掴むと、彼もまた険しい表情で黄泉の扉の奥を睨んでいた。


——ゴォォォォォォッ!


すると、突如として、黄泉の扉の奥から黒煙が噴き出した。

さっきまで静まり返っていた空間が、一瞬にして重く、冷たい気配に包まれる。


その煙はまるで生きているかのように渦を巻き、地を這うように広がっていく。

視界が暗くなり、足元がじりじりと冷たさを帯びていくのを感じる。


(これは・・・?)


背筋のゾクゾクが止まらず、たまらず蒼月さんの腕を掴む手に力を込める。


しかし、その黒煙が空へと広がりきる前に——


——ゴオォォォォッ!!


今度は逆に、まるで真空の空間に吸い込まれるように、空気が一気に穴の中へと引き寄せられた。

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