第267話 母から子へ -3-
煌月さんの後ろ姿を見送りながら、お母さんの言葉の意味を探る。
(取り潰し・・・?)
そんなことを考えていたら、蒼月さんと目が合った。
「知らない方がおまえのためだ、と言っただろう?」
なにも言っていないのにそんなことを言われて「え!」と思わず声を上げると、黒悠之守も笑いながら、
「世の中には知らない方がいいことも多いのだ。ほら、そんなことよりもこのままだと遅れをとるぞい。」
そう言って、黒悠之守は私と蒼月さんを背中に乗せて、空へと舞い上がった。
湖の中央では六条が煌月さんから逃げるように祝部の後ろに隠れようとしているのが見える。すると、
「ええい!貴様はもう用済みだ!この鍵さえ手に入れば、貴様がどうなろうと知ったことか!」
上空まで聞こえるような大きな声で祝部が叫んだ。そうして、そうこうしているうちに六条は煌月さんに捕えられ、そのままどこかへと連れ去られて行った。
そして、祝部はというと、影渡さんと連れ立って、噴き上がる水も止まり、湖中央にぽっかりと空いた穴の中へと消えて行った。
「追いかけるぞ。」
黒悠之守は端的にそう言うと、湖中央の穴に向かって高度を下げていく。
「この穴は開けっぱなしにしておくわけにはいかぬが、閉じてしまうと我らも帰って来れなくなる・・・どうしたものか・・・」
黒悠之守ですら迷うことがあるのだな、と思いながら聞いていると、隣にいる蒼月さんが黒悠之守に言った。
「閉じていこう。開けっぱなしの方がはるかに被害が大きい。」
「しかし・・・下手をするとこちらに戻って来られなくなるぞ?」
「わかっている。しかし、人間界には影渡がいる。ここを閉じることで、祝部と影渡が戻るためには、異界の門を使わざるを得なくなる。その機会を狙うしかない。」
「それはそうだが・・・」
「それに、奴らの計画では、黄泉の扉から湧き出る死霊共をこちらの世界にも送り込む必要がある。湖の穴が閉じていたら・・・やはり、異界の門を使わざるを得ないだろう。」
確かに蒼月さんの言うことには一理ある。
けれど、もし、なんらかの理由でこちらの世界に戻れなくなったとしたら・・・
私はもともと人間だから、名残惜しいとかみんなとお別れするのはさみしいということはあるにせよ、結論としては特に問題はない。
けれど、蒼月さんと黒悠之守さんは・・・
「そんな顔をするな。大丈夫だ。」
全然根拠のない「大丈夫」なのに、なぜだろう。蒼月さんに言われると、本当に大丈夫な気がしてくる。
「まあ、おぬしと主がいれば、あやかし界の有事を防げるという言い伝え・・・それを信じてみるかのう。」
こちらもまた根拠も説得力もない言葉だけれど、あまりにも能天気なその言葉に、真剣に心配しているのが馬鹿らしくなってくる。
『起きることには全て理由があるのよ。それがご縁というものなの。』
また、ふと母の言葉を思い出した。
(そうだね・・・もう、縁でここまできた感じだもん・・・)
「そうですね!閉じましょう!!もし、二人があちらの世界に帰れなくなったら・・・今度は私がお二人の面倒を見ますから!!」
実際どうやって面倒を見ていくかなどの具体的なアイデアは皆無だ。
けれど、うちの実家は部屋数だけはある。敷地もそこそこある。
そして、幸いなことに、両親は職業柄なのか少し浮世離れしていて、意外となんでもすんなりと受け入れてくれる体質だ。
「うん!大丈夫!」
私も根拠なく力一杯そう言い放つ。すると、蒼月さんはアハハと笑いながら私の手をきゅっと握った。
「そうだな。おまえと人間界で暮らすのも、楽しいかもな。」
その顔を見て、胸がキュンとなる。
「そうですよ!今度は私がいろんなところに連れて行ってあげますね!温泉も行きましょう!」
同じように笑顔でそう言うと、
「まあ、とりあえずは黄泉の扉をなんとかせんとな。」
黒悠之守は、私たちをあっさりと現実に引き戻した後で、
「では、穴は閉じていくことにしよう。さあ、しっかり捕まっておれよ。」
そう言って、穴の中へと飛び込んで行った。




