第262話 封印解除 -6-
この追いかけっこ、人間の私に分があるはずもなく、みんなとの距離がどんどんと開いていく。
「ちょっと待って〜!!」
と言ったところで、待ってくれるはずがないのはわかっているものの、言ってみるくらいは許してほしい。
「主、乗っていくか?」
急に頭上が大きな影に覆われたかと思ったら、そんな問いかけとともに並走するように飛んでいる黒悠之守に、
「ぜひ!!ぜひ、お願いします!!」
途切れ途切れになりながらもお願いすると、ヒョイっといつものように私を掴んで背中に乗せてくれた。
黒悠之守の背中でゼェゼェと荒い息を整えていると、
「そのやる気は大したものだが、頼るべき時は頼っても良いのだぞ。適材適所、というではないか。」
そう言ってクククと笑いながら空高く舞い上がった黒悠之守に、
「次、からは・・・そう・・・しま・・・す!」
まだ乱れた息でそう言うと、
「うむ。」
と大きな頭でうなずいた。
黒悠之守は気づかれないように、かなりの上空からみんなの後を追う。
「先頭の二人は一体何者なの・・・?」
何気なく口にした疑問に明確な回答が返ってくるとは思っていなかった。ただ、ひとりごとのようにつぶやいただけだからだ。
なのに・・・
「祝部 冬嗣と変装した影渡であろう。ただ、九重が反応しておるのは、おそらくあの持ち物が九重の娘のものだからであろうな・・・」
あまりにもさらりと言われすぎて、スルーするところだった。
「・・・え?」
そこまで理解すると、先ほどまでの八重さんの途切れ途切れの反応の意味がわかる。
「おや・・・物騒なのも来おったか・・・」
後ろを振り向いてそう言った黒悠之守に倣って振り返ってみると、白い点が後を着いてきているのが見えた。
(物騒なの・・・?)
その私の心の中の問いかけに、黒悠之守は笑いながらこう言った。
「華月院の煌月であろう。」
煌月さんと「物騒」という単語が結び付かなくて頭の中に疑問が浮かぶ。と同時に、蒼月さんは大丈夫だろうか?という心配が再び頭をよぎった。
けれど、黒悠之守はお構いなしで言葉を続ける。
「まあ、我らとは目的が違う。邪魔はされぬであろう。」
その言葉にますます混乱する。目的が違う?同じだったはずだけど・・・聞けば聞くほど意味がわからなくなってきて、黒悠之守に聞こうと思ったその時、
「さて・・・着いたようだ。ほう・・・幽月湖か・・・」
そう言われて上空から見下ろすと、確かに前方には大きな湖が見えた。
(なぜ、幽月湖に・・・?)
そう思った瞬間、ある考えが脳裏に浮かぶ。
「黒悠之守・・・もしかしたら、あそこから人間界に行けるのかも・・・」
隠鳥幽索で計測した各街の湖と、その近くの北斗七星を形作るための場所での妖力の痕跡は他と比べると大きかった。
とすれば、その場所で何かしらを行なっていた確率は高い。
そして、黄泉の扉の場所を示す北斗七星の中央に湖があったこと、それは人間界では琵琶湖を指していること・・・
それらを総合的に考えると、この幽月湖と琵琶湖がつながっていてもおかしくない。
いや、きっとそうだ。
この世界の湖と琵琶湖を繋ぐために、わざわざ手間暇かけて全ての街の湖を周っていたのだとしたら、辻褄は合う。
「なぬ・・・?」
「話すと長くなるんだけど、どうやらこの世界の湖たちは、人間界の琵琶湖という湖と同じ形をしているようなの。そして・・・」
黒悠之守は、私の話を聞きながらゆっくりと下降を始める。
「琵琶湖という湖からそう遠くない場所に、黄泉の扉と思われる黄泉比良坂という場所が・・・」
ある、と言い終わる前に、大きな爆発音とともに爆風が舞い上がってきた。
「しっかり捕まっておれよ。」
そう言って自身の周りに結界を張った黒悠之守は、それとほぼ同時に幽月湖一帯に結界を張った。
爆風とともに舞い上がった塵が収まり、視界が開けてくると、湖の中央に浮かぶ二人と抉れた湖畔、そして、その湖畔で青い炎をまとって二人を見下ろしている九重が目に入った。
二人が浮かぶ湖の中央は、ぐるぐると渦を巻きながら凹んでいて、まるで、どこかに水が流れ出ていっているように見える。
けれど、ただの渦ではない。渦の中心は黒く沈み込み、湖の水が吸い込まれていくたびに、ぼんやりとした光が水底で揺らめいた。
まるで——湖の底に、別の世界へと通じる"口"が開こうとしているかのように。
そうこうしているうちに、黒悠之守は、少し距離を置いたところに私を降ろす。
すると、そこに、白い狐がやってきて、みるみるうちに人の姿へと変わった。
「これ、一体どうなってるの?」
そう言って声をかけてきたのは、黒悠之守が言っていた通り煌月さんで、
「ていうか、あの美人は誰?」
私たちと九重たちの中間地点で呆然と立ち尽くす女性・・・八重さんを指さした。
(この人は・・・)
こんな状況にも関わらずマイペースな煌月さんに呆れるやら笑ってしまうやら・・・ますます「物騒」からかけ離れている感じの煌月さんに、簡単に状況を説明する。
「ああ、なるほど・・・確かに幽月湖と人間界が繋がっているのはあり得る話だな。」
煌月さんによると、あやかし界と人間界をつなぐ「異界の門」は影渡が行方不明になったことで使えなくなっているだけなので、影渡自身は使おうと思えば使える状態なのだそう。
しかし、この肥大しきった九重が通れる大きさではない。そんな理由もあり、別の方法で人間界と繋ぐ方法を準備しているのだろう、と。
さらに、異界の門と同じような仕組みを作るには莫大な妖力が必要になるらしく、今まさにその最後の仕上げを行なっているのではないか、と。
煌月さんがそう言い終わったのとほぼ同時に、大きな水音とともに湖から水柱が上がった。
それを見て先ほどと同じように結界を張ろうとすると、
「主、ここは我が結界を張ろう。」
そう言った黒悠之守は、少し先にいる八重さんを掴んで戻ってくると、私たち三人を背中に乗せて浮かび上がり、そのまま自身の身体を結界で包んだ。




