第258話 封印解除 -2-
空へと解き放たれた私たちの眼下に広がるのは、市ノ街だ。
まだ昼にもなっていないだろう大通りは、すでに行き交う人々で賑わっている。
黒悠之守はさらに空高く舞い上がると、山の方向に向かって方向を変えた。
どこに向かっているかはわからないけれど、黒悠之守は空を飛びながら背中の私に向かって言った。
「主よ。これからしばらくは我と行動してもらいますぞ。」
その言葉を聞いて、私も反射的に質問をする。
「私、この件について何も知らないんだけど・・・これから一体何が始まるの!?」
そうなのだ。煌月さんから説明を聞くはずが、結局説明を聞かずに飛び出して来てしまっている。
今起きていることも、これからすべきことも、私は何も知らない。
そんな状態で大丈夫なのか、一抹どころか大いに不安なのだ。
すると、それを聞いた黒悠之守は、ワッハッハ、と空を震わせるほど大きな声で笑った後、
「相変わらず、巻き込まれ体質なのじゃな。」
と言って、状況を説明してくれた。
まず、じきに九重は封印を破って外に出てくる。
おそらく妖力の暴走によって制御不能な状態であることが予想されるため、市ノ街に被害が及ばないよう、白露ノ滝一帯に強力な結界を張る。
(白露ノ滝・・・?)
九重の妖力の暴走を利用して黄泉の扉を開こうとしている祝部 冬嗣という男は、人でもあやかしでもなく「死霊」である。
残念なことに本人はそのことには気づいておらず、人とあやかし両方の能力を持っているといまだに信じている。
ただ、死霊であるため、膨大な妖力ととある妖具を組み合わせることで、黄泉の扉を開くことが可能である。
黄泉の扉が開かれると、人間界には魑魅魍魎が放たれる。
人間界に放たれた魑魅魍魎は、あやかし界にも流れ込み、両世界を混乱と混沌に陥れる。
九重の件と同じくらい早急に黄泉の扉、つまり、黄泉比良坂一帯に結界を張って人間界への流出を止める必要があるが、影渡が祝部側に付いている以上、人間界に渡る術がない。
影渡には亡くなった人間の母に合わせてやるとそそのかし、六条には稲荷評議会の会長の座に座れるとそそのかし、仲間に引き入れた。
しかし、実際のところ、黄泉の扉を開いたところで影渡が母に会える確証はなく、六条に至ってはただの口約束であり、稲荷評議会を乗っ取るためには華月院家の存在が大きな障壁となり、ほぼ不可能と思われる。
つまり、祝部は、単に使いやすい「人間界への通路」と「あやかし」が欲しくて声をかけただけで、目的を達成した暁にはこの二人は捨て置くつもりらしい。
そこまで聞いて、ふと疑問が湧き上がってきた。
「黒悠之守はなぜそんなことまで知っているの?」
煌月さんでさえ調査中でわからないことが多いと言っていたのに、黒悠之守からは、聞いているだけでどんどん知らない話が出てくる。
「なぜと言われても・・・我の封印解除と時を同じくして、未来を視たからのう。ついでに我の書物の内容も更新しておるぞ。内容があまりに危険ゆえ、書物は書庫の禁書の間に移動したが・・・」
ん?聞いたことがある話だぞ?書庫・・・?禁書の間・・・?
『黒悠之守についての文献は、禁書の間じゃ。入ってすぐ、右手の棚の上から三段目にある。』
『なぜ禁書の間に?』
『自ら移動した。』
書庫での蒼月さんと小雪さんの会話を思い出して、話がつながった。
「え!あの本にそんなこと、書いてありました!?」
「なんじゃ、主。読んだことがあるのか?我が視たことはすべて書いてあったはずであるが・・・」
そう言われて本の内容を一生懸命思い出してみるけれど、全然心当たりがない。
心当たり・・・・翻訳用虫眼鏡で読んでいても難しい記述があって読み飛ばしたのは覚えている・・・・けど・・・まさか、それ!?
「妙に難しい部分があって・・・一部読み飛ばしたけれど・・・・」
もう、絶対にそこじゃん!と思って肩を落とした私に、
「であれば、その時はおそらく時期尚早だったのであろう。見るべき者以外には読めないはずじゃからな。」
黒悠之守は慰めるように言った。
ということは、今読めば、すべてが読めるはず!それなのに一刻も猶予がなくて叶わないことがもどかしい。
蒼月さんはきっと今それどころじゃないと思うけれど、何事も共有第一。とりあえず伝書でこの話を送っておくことにした。
っていうか、今までの調査は一体・・・
「ただ・・・」
上空から滝が見えてきたタイミングで、黒悠之守がゆっくりと口を開く。
「不思議なことに、九重の娘については、現時点では詳しいことはほとんど視ておらんのだ・・・」
(九重の娘?これまた懐かしい響きだな・・・)
「ゆえに・・・それが吉と出るか凶と出るかは、正直、わからんのだが・・・」
めずらしくそう言って口ごもった黒悠之守だったけれど、滝の近くに見えていた白い点のようなものに徐々に近づくにつれて、
「さあ、主。ここには我が結界を張る。主は思ったように行動せい。困った時はいつでも相談に乗るぞ。」
と、ある意味丸投げするようなことを言うと、
「ほれ。あれが九重の娘だ。幸いまだ九重は祠から出て来ていないらしい。まずは娘と会話をしてみることじゃな。」
みるみる大きくなる白い点・・・いや、白い狐と少し距離を置いたところに着地して、私をそっと地面に下ろすと、
——ブワンッ
という音があたり一帯に響いたのと同時に周りの空気がガラリと変わり、この場所一帯に結界を張ったのだということが、分かった。




