第256話 共鳴 -8-
そうして二人でしばらく蒼月さんを見つめていたのだけれど、ふとお母さんが何かを思い出したように、私を見た。
「時に、琴音殿。琴音殿は、わらわのことを覚えておいででしょうか?」
(・・・ん?どういうこと?)
先日蒼月さんのお屋敷でお会いした時のことを言っているのだろうか。そうだとしたら、少し聞き方が変だ。
あの時は、ちゃんとお互い自己紹介しているのだから。
では、あの時ではなかったとして、前にお会いしたことがあっただろうか?
そんなことを考えながらお母さんの顔を見つめていると、お母さんの顔が急に険しくなり、
「蒼月!」
そう叫んで駆け寄るようにベッドへと近づいた。その慌てように蒼月さんに視線を向けると、白い狐の身体が青い炎に包まれて、苦しそうにもがいているのが目に入った。
お母さんは慌ててカーテンを開けようとするものの、この結界のカーテンを開けられるのは、中にいる人か私だけだ。
透明のカーテンの壁を叩きながら蒼月さんの名前を呼び続けるお母さんを見て、私もハッと我に返る。
すぐさまカーテンを開けると、
「ぐぅ・・・あああああっ・・・!!」
苦しそうな蒼月さんの声が部屋に響いた。
「蒼月!!」
「蒼月さん!!」
為す術も無く立ち尽くす私と、必死に蒼月さんを抱きしめるお母さん。
青い炎は九重の妖力なのだろう。その炎は、蒼月さんを抱きしめるお母さんごと包んでしまうほどの大きさになった。
熱いという言葉がないことから、熱はないのだと思われる。そうすると、私の氷の術は意味がなさそうだ。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう!!!)
今度こそ何も思い付かず、ただただ呆然と立ち尽くす私の目の前で、蒼月さんとお母さんを包み込む青い炎はどんどん大きくなっていき、それはやがて私の結界で作られた天蓋式ベッドまでも包み込むほどに広がった。
そうしている間にも炎はさらに広がり、結界すらも蝕んでいき、炎の周りには、稲妻が次々と光っては散っていく。
すると、その時——空気が震えた。
と同時に、何かが崩れ、何かが始まろうとしている感覚を、はっきりと感じた。
けれども、そんなことよりも、目の前で大事な人たちが炎に包まれているという恐怖で、足がガクガクと震え始める。
(どうしたらいいの・・・どうしたら・・・・)
足に力が入らず、崩れ落ちるように座り込む。
「蒼月さん!お母さん!!」
叫ぶことしかできない自分に腹が立って涙が滲む。
すると、私の叫び声が聞こえたのか、それとも空気の異変を感じたのか、バタバタという足音と共に、煌月さんと風華さんが戻って来た。
「蒼月!母上!?」
煌月さんは両手を青い炎に向けて突き出すと、何やら呪文を唱えた。
風華さんは驚きで両手を口に当てて一瞬立ちすくんだものの、すぐに我に返って座り込んだ私を抱き抱えて立ち上がらせると、ベッドから離れたところへと移動させた。
煌月さんの両手から純白の炎が爆発するように放たれ、その勢いに、部屋全体が一瞬、白い光に包まれる。
シュゥゥ……ッッ!
炎と炎がぶつかり合い、蒸発するような音と共に水蒸気のような煙が立ち上る。
同時に部屋の中に煙のような靄のようなものが充満し、一時的に視界が遮られた。
果たして炎は消えたのか・・・
徐々に晴れていく視界の中で目を凝らしていると、
「なぜだ!?」
めずらしく荒々しい声を上げた煌月さんの視線の先には、先ほどまでと変わらない大きさの青い炎に包まれた蒼月さんとお母さんが見えた。
青い炎は、まったく鎮火しなかったのだ。
「妖気の炎が消せないなんて、こんなことは初めてだ・・・」
煌月さんはそうつぶやいて、再び両手をかざして先ほどと同じように白い炎を噴射する。
しかし、何度試しても、青い炎は揺らぐことすらしなかった。
炎に焼かれていないとはいえ、お母さんの様子を見るに、確実に疲弊はしているように見える。
先ほどまで膝をついて蒼月さんを抱きしめていたお母さんは、今は、蒼月さんを抱きしめたまま、ぐったりとベッドに横たわっている。
(どうしたらいいの?どうしたら・・・)
煌月さんですらどうにもできない炎を目の前にして、絶望に襲われる。
このまま二人が死んでしまったらどうしよう・・・
そんな不吉なことしか考えられない自分にも腹が立ってくる。
(いやだ!いやだ・・・!)
心臓がはち切れんばかりに脈打つのを感じながら、自分の不甲斐なさに涙が次々と頬を伝う。
(もう・・・ダメなのかな・・・)
絶望と共にそんな弱気なことを考えた瞬間、頭の片隅に、過去の記憶が浮かんできた。
『そなたが我の名を口にする時、いついかなる時も、我は主のもとに馳せ参じるであろう。』
——その名前を呼べば、必ず来る。
そう誓った相手。
私は、わずかに息を呑む。
「黒悠之守・・・」
——ドクン。
まるで世界が一瞬、鼓動したような感覚に襲われる。
すると・・・
白い閃光が弾け、それは、目の前のすべてをあっという間に飲み込んだ。
そして、その光の強さに耐えきれず、私はぎゅっと目を閉じた。




