第253話 共鳴 -5-
聞き間違いだと思う。いや、言い間違いかもしれない。
そんなことを考えながら、お母さんの言葉を頭の中で繰り返してみる。
——万が一、異界の扉が開いてしまった場合、それに対処できるのは、琴音殿だけなのです。
その言葉の意味を尋ねようと、「それは一体どういう意味ですか?」と言葉にする前に、それは煌月さんの言葉によって遮られた。
「ああ、琴音ちゃんにはその話をしていなかったね。」
煌月さんはそう言って私を見ると、再び説明を始めた。
人間界にある「物」には、あやかし界の者が干渉することはできない。
それは逆も同様で、あやかし界にある「物」にこの世界以外の者が干渉することはできない。
ただし、「人」に関しては例外で、あやかし界にいる人間に関してはあやかし界の者は干渉できるし、その逆も然りとのこと。
このルールのおかげで、大戦争の時は「異界の門を閉じるだけ」で終息を図ることができた。そうでなかったら、どちらの世界もボロボロになっていたことだろう。
しかし、今回は大戦争とは勝手が違う。
なぜなら、祝部 冬嗣は人間でありながら、人間ではない。
現時点では現在の姿の起源があやかし界にあるのかそうでないのかがわからないためなんともいえないが、起源があやかし界にある場合、彼はどちらの世界にも干渉ができるということになる。
そうなれば、もともと危惧されていた「人間界とあやかし界のどちらも手中に収める」ということも可能となってしまう。
現在も彼については引き続き調査中であるものの、この最悪の事態を想定してこちらは手を打つ必要がある。
そこまで聞いて、私は衝撃に包まれた。
この場にいるみんなは当たり前のように聞いているけれど、この『人間界とあやかし界のどちらも手中に収める』という話について、私は初めて耳にしたし、底知れぬ恐怖を感じている。
確かに扉が開いたら大混乱に陥ることになるという話は、前に長老から聞いていた。
けれど、大混乱と手中に収めるでは、明らかに状況が変わってくる。
しかし、私にしかできないと言われても、どうしたらいいかなんて皆目見当もつかない。
そもそも、人間界に戻るための手段すらない今、仮に祝部 冬嗣がなんらかの方法で黄泉の扉を開いてしまったとて、私にはできることがない。
思わず俯いて畳を見つめ、ふと視界に入った出されたまま手付かずですっかり冷めてしまった影葉茶をゴクリと飲む。
「母上。」
ふと蒼月さんの声がして、顔を上げる。
「確かに異界の扉が開いてしまったら、我々にはもう為す術がありません。だからこそ、それを防ぐことを第一に動いているのです。」
真っ直ぐにお母さんを見つめてそう言った蒼月さんの横顔は、今までにないくらい真剣で・・・
「封印されている場所はわかっているので、こちらから先に動くというのも一つだと・・・僕もそう思いますよ。」
蒼月さんの言葉に、煌月さんが言葉を続ける。
(え?封印されている場所が分かっている?)
煌月さんの言葉を聞いて思わず私がそちらを見ると、
「あ・・・今のは聞かなかったことにしてね。」
こんなに重苦しい雰囲気の中、煌月さんは私を見て、パチンとウィンクをした。
(え?本当に知ってるってことだよね?)
すぐに蒼月さんも知っているのだろうかと気になって、蒼月さんを見上げると、その視線に気づいたのか、私の方に視線を向けた。
「そうだな。今のは聞かなかったことにしてほしい。」
(あ、そうなんだ・・・)
別に、私だけが知らなかったことについては特に思うところはない。
だけど、知っているのに今まで何も手を打っていないことを考えると、「何もできない状況」もしくは「手を出す状況ではなかった」ということなのだろう。
それを「こちらから先に動くのも手だ」と煌月さんが言ったということは、いよいよ「その時」が近づいているということに他ならないのだと思ったら、またもやあの男・・・祝部 冬嗣の抉るような視線を思い出して、思わず身震いに襲われ、次に緊張で身体が固くなるのを感じた。
そんな私に気づいたのだろう。蒼月さんが私の手をきゅっと握った。
「大丈夫だ。おまえを危険な目に遭わせるようなことはしない。」
力強い言葉と視線で私を安心させようとしてくれた蒼月さんに、少しだけ力が抜ける。
けれど、蒼月さんにも危険な目に遭ってほしくない。そう思うのも当然のことだ。
「蒼月さん・・・」
この場に他の人がいることは頭の中では理解している。それでも、私は耐え切れずに子供みたいなことを言ってしまう。
「蒼月さんにも危険な目に遭ってほしくないです。もう、この状況はどうにもならないんですか?」
この危機的状況に対処するために、こうして集まって話をしているのに、私一人、ぬるいことを言っているのは理解している。
「そうでなくても蒼月さんは・・・」
妖力の暴走で苦しんでいる・・・思わずそう口にしそうになった瞬間、蒼月さんの大きな手が、私の口を塞いだ。
「・・・っ」
「大丈夫だ。なんとかする。」
何に対しての「なんとかする」なのか、蒼月さんは明言しなかった。だけど、それ以上、この話は続かなかった。
言ってはいけないことを口にしそうになったことに気づいたからでは、ない。
この状況が恐ろしくて言葉が出てこなかったからでも、ない。
「蒼月さん!!」
みるみるうちに苦痛の表情に顔を歪めた蒼月さんが、自分の身体を抱きしめるようにうずくまり、パチパチと身体から火花を散らしている。
お母さんも、煌月さんも、風華さんも、一体蒼月さんに何が起きているのかまだ理解できていないということが、それぞれの表情から読み取れる。
話が続かなかったのは、私が口を閉ざしたからではなく、目の前で蒼月さんが妖力の暴走を起こし始めたからだ。




