第250話 共鳴 -2-
5分ほど経つと、放電がおさまってきた。
「え・・・もう?いつもより、早いな。」
その様子を見て焔くんがそうつぶやいたのを、私は聞き逃さなかった。
「いつもよりって?」
私のその言葉に、焔くんが肩をピクリとさせた。しらを切る前に詰めなくては。そう思って言葉を重ねる。
「最近他にもこういうことがあったってことだよね?」
「・・・」
「心配してるだけだから・・・教えて?」
穏やかにそう尋ねた私を見て、焔くんはポツリポツリと話し出した。
「二ヶ月前くらいから始まって・・・最初は月に数回だったんだけど・・・少しずつこうなることが増えてきて・・・」
(そんなに前から?)
「二週間前くらいからは三日に一度くらい・・・」
(・・・私が家出した頃?)
「で、今週は・・・二日に一度くらいになってて・・・」
(どんどん頻度が増している・・・?疲れているように見えたのは気のせいじゃなかったってこと?)
そこまで話した焔くんは覚悟を決めたのか、詳細について話し始めた。
それによると、妖力の暴走が起こるのは決まって夜中で、今日のように少しグレードの高い影葉茶を飲ませることで大抵は10分から30分程度でおさまるとのこと。
今日はいつもよりも暴走するのも早かったけれど、おさまるのも早かったとも言っていた。
「ありがとう。」
そこまで説明してもらって、幽月湖でのことを思い出す。
あの時は、一定量以上の妖力を使うと暴走が起こると言っていた。でも、今は別に妖力を使うような場面ではなかった。
そんなことを考えていると、
「う・・・ん・・・」
蒼月さんが掠れた声をあげて、ゆっくりと目を開けた。
「焔・・・すまないな・・・」
そう言った蒼月さんは、心配そうに顔を覗き込んだ私と目が合って、明らかに驚いた顔をした。
その様子からも最近では焔くんが手当てをすることが日常になっていたことがわかる。
「琴音・・・」
言いたいことはたくさんあるけれど、病人に喚き立てるほど狭量ではない。
「大丈夫ですか?」
そっと尋ねた私に、
「ああ・・・」
掠れた声で答えた後ゆっくりと身体を起こそうとする蒼月さんを制止して、寝かせたままにする。
目を閉じたまま額に右腕を乗せてゆっくりと呼吸をする蒼月さんをしばらく見守っていたけれど、少しして左手をそっと握った私が、
「一人で我慢しすぎですよ。もっと頼ってください。」
と言うと、蒼月さんは再びゆっくりと目を開けた。
横になったまま焔くんに「もう大丈夫だ」と言うと、焔くんは小さくうなずいて部屋を出て行った。
パタパタという足音が聞こえなくなり、またもや静寂に包まれる。その間、私はじっと蒼月さんを見つめ、蒼月さんも私を見つめている。
しばらくすると、蒼月さんが小さな声で言った。
「俺は・・・」
その様子があまりにも弱々しくて、思わず握った手に力がこもる。
「おまえには弱いところを見せてばかりだな・・・」
そうつぶやいた後、蒼月さんは「情けないな・・・」と小さなため息をつく。
情けないなんて一度たりとも思ったことはないし、むしろ私の中ではいつも強くてかっこいい。だけど、まだ話が続きそうな雰囲気を感じて、何も言わずに首を横に振るだけに留めた。
すると、体力が戻ってきたのか、蒼月さんはゆっくりと起き上がる。そして、
「すまないが・・・結界を張ってくれるか。」
そう言われて、これから何か大事な話をするのだということを察した。
言われた通りに静寂と癒しの結界を張ると、それを確認した蒼月さんは再び口を開いた。
「もう気づいていると思うが・・・九重の妖力が最近桁外れに強くなっている。」
蒼月さんの話によると、九重の妖力の増加を察知した蒼月さんは、この状態にならないようにそれを押さえ込むような術を自分にかけているらしい。
それによって日中はなんとか暴走させずに過ごせているものの、やはり九重の並外れた妖力を封じておくにはそれなりの妖力が必要で、夜になるとどうしても術の効果が薄れてこうなってしまうとのことだった。
さらに、連日のこの対応で徐々に蒼月さんの身体への負担も大きくなっていて、抑え込める時間も短くなっているのだという。
このままでは日中に妖力が暴走するようになるのも時間の問題だ、と蒼月さんは頭を抱えてうなだれ、大きなため息をついた。
それから、自分の身体はさておき、九重の妖力がここまで大きくなっていると暴走するのも近いかもしれない、と・・・・そちらの方が心配だとも言った。
そこまで聞いて、九重の件については私にできそうなことはないけれど、蒼月さんの身体の負担についての対処方法はあると思った。
「蒼月さん。毎晩、私の結界の上で寝たらいいんじゃないですか?」
暴走する妖力を限りなく落ち着かせ、身体と心を癒す。静寂と癒しの結界の得意分野ではないか。
私は今鍛錬をしておらず、自主練での疲労なんてたかが知れている。だから、蒼月さんに貸し出しても何も問題ない。
我ながらいいアイデアだと思って言ったのに、蒼月さんは浮かない顔をしている。
「気持ちはありがたい。しかし・・・」
そこまで言った後、困った顔で付け加えた。
「嫁入り前の娘と同室で寝るのはさすがに憚られる・・・」
でた!嫁入り前!
言わんとしていることはわかる。しかし!今は緊急事態。
流石の私も少し頭に血が上ってしまった。
「何言ってるんですか!そんなこと言ってる場合じゃないですよ!大体、いっつも、嫁入り前、嫁入り前ってなんなんですか!嫁に行ったらいいんですか!」
思わず変なことを口走った気がして、
(私、今、何を言った!?!?!?!?!?!?)
自分の口から出た言葉を反芻していると、蒼月さんが驚いたように一瞬目を見開き、それから、真面目な顔に戻る。
「そうだな。じゃあ、嫁に来るか?・・・・・なんてな。」
(え?え???今、蒼月さん、何て言った???・・・え?あ、冗談?)
あまりにも予想外のことを言われたこともあり「なんてな」以降はよく聞き取れなかったものの、その言葉が耳に届き、理解すると、私の思考は停止した。




