第243話 黄泉の扉 -4-
聞こえていたらどうしようかと盛大に焦ったけれど、それは杞憂に終わったようで、返事をして襖を開けた時も、心臓バクバクで焦る私に、
「どうした?」
といつもの調子だった。
その後もどうにか平静を保ち、蒼月さんからも特にツッコミもなかったため、聞こえていなかったと判断した。
そんなこんなで湯浴みを終えて食堂に入ると、煌月さんの姿が見えない。
「まさか・・・本当に沈めたのでは・・・」
入り口でふと蒼月さんと目が合って恐る恐るそうつぶやくと、
「ちょっと。そんなわけないでしょ。」
後ろから煌月さんの声がして、
「ちょっと調べ物をしていて遅くなっただけだよ。」
そう言った煌月さんは、私の肩に手を回して食堂の中へと入っていく。そのあまりにも自然な仕草に、
(だいぶ手慣れているな・・・)
と思った瞬間、バチン!という音とともに、
「痛っ!!」
おでこを抑えた煌月さんの声が響き、ふと視線を落とすと、焔くんが腕を組んで煌月さんを見上げながら、
「すみませんね!おいらは蒼月様の使い魔なので!」
とドヤ顔で言った。
どうやってデコピンしたのだろうというのは気になるところだけれど、それを見て蒼月さんはくつくつと笑いながら「よくできた使い魔だ」なんて言っているし、
「おまえ、使い魔の育て方間違ってるだろ。」
煌月さんは煌月さんで、相変わらずおでこをさすりながら蒼月さんに文句を言っている。そして、それを見た小鞠さんは、目を細めて、
「いやいや、おぬしらがこうして仲良く遊んでいるのも久しいのう。」
なんて言っている。どう見ても「仲良く遊んでいる」ようには見えないのだけれど、小鞠さんから見たらそうなのかと思うと、それはそれで興味深い。
そんなこんなで席に着き、なんだかんだ和気藹々と夕餉の時間を過ごし、食後にみんなで雪兎もなかを食べ終わると、
「さて、と・・・蒼月、琴音ちゃん。」
いつもの軽い調子を少し抑えた声で、煌月さんが口を開く。
「今回の探査について話したい。居間に来てくれる?」
そう言った後で、ふっと笑い、
「あ、もなかとお茶も持って行こう。」
雪兎もなかがお気に召したらしいところを見て、思わずクスリと笑ってしまった。
三人が居間に揃ったのを見て、煌月さんが部屋に結界を張った。周りの音が遮断されたことから考えると、静寂の結界なのだろうけれど、それを、なぜだろうと思って見回していると、
「これは『秘密を守る』ための結界じゃない。むしろ、知らなくていい人を守るための結界だよ。」
煌月さんはフッと笑って、静かに言う。
私は私で、そう言われてなんとなく理解した。うなずいた私を見て、煌月さんは居間の空いているスペースに7枚の地図を広げる。7枚すべて広げると、なかなか壮大な景色だ。
三人とも思い思いに地図を眺めていると、少しして、煌月さんがおもむろに口を開いた。
「今回の探査では、琴音ちゃんのおかげで、影渡が変化をしていることと第三者が存在することがわかった。」
「探査結果を分析した結果、彼らは主に湖を拠点として、各街のもう一ヶ所でなんらかの活動をしている。」
「それが、九重の解放と黄泉の扉のどちらに関連しているかは、今時点では不明だ。」
「せめて、なにをしているのかが掴めると話は進むんだけどなあ・・・」
煌月さんが最後にぽつりとつぶやいたのを聞いて、ふと尋ねてみる。
「今から探査・・・してみます?」
三人が一緒に行動していることは明白になったので、誰か一人を追えばいい。
すべての街に存在していた跡があるとすれば、もう拠点である市ノ街に戻ってきているのではないか・・・そう思ったのだ。
そんな私の意見が採用されて、探査をしてみることになった。
そうして影渡さんの時系列での探査を実施してみると・・・1時間弱で戻ってきた鳥が展開した地図の上には、
「「「星印がある・・・」」」
現在地を示す印がくっきりと付いていた。
印が着いていたのは、大通り沿いの食事処だった。
「どうする?行く?」
煌月さんが若干戸惑いながら蒼月さんを見ると、蒼月さんは少しだけ考えてから首を横に振った。
「いや、危険すぎる。場所から考えて、影渡は変化しているだろうし、俺たちが見つかる可能性の方が高い。」
それを聞いた煌月さんは、軽く「りょーかい!」とつぶやくと、
「じゃ、見張らせとくね。」
と、当たり前のように言い、蒼月さんもその言葉を当たり前のように受け取ったのか、
「頼んだ。」
と答えた。それから煌月さんはおそらく伝書を送り、蒼月さんは蒼月さんでどこかに伝書を送っている。
なにが起きているのかわからずポツンと取り残された私は、肩に止まったままの鳥を人差し指で撫でているのだけれど、
「わわ・・・!」
その鳥が突然部屋中を飛び回って風が起き、畳の上に綺麗に並べられていた地図がバラバラになってしまった。
騒ぎの張本人の鳥は何食わぬ顔でうとうととし始め、やがてシュウウと溶けるように消えていった。
「も〜・・・」
この騒ぎを特に気にせず伝書を送っていた二人も、送り終わったのか地図を集めるのを手伝ってくれる。
「畳の上に置いておくと踏んじゃうかもしれないので、ここに貼りましょうか?」
上下左右バラバラの状態で集まった地図を抱えながら、開かない方の障子に貼り付けておこうかなと地図の束を障子に当てた瞬間、不思議なことに気が付いた。
(あれ・・・?)
それを見て、思いのままに地図を重ねる。
すると、すごいことに気づいてしまった。
「え・・・!」
あまりに驚いて地図を落としてしまった私に、注目が集まる。
それでもなお立ち尽くしたままの私に、蒼月さんが声をかけた。
「琴音・・・?どうした?」
蒼月さんの声が聞こえたけれど、すぐには返事ができない。
心臓がドクン、と跳ねた。
それでも・・・地図をばら撒いたまま、私は二人を振り返る。
そして・・・ゴクリと唾を飲みむと、
「・・・すごいことに・・・気づいてしまいました。」
そう言った私の手は、微かに震えていた。




