第240話 黄泉の扉 -1-
今日も念の為、変化した状態で行動している。
雪ノ郷に到着すると、渦の出口に直結するような形で、蒼月さんが話していた妖具屋さんがあった。
中に入ると、「雪みの」や「すげぼうし」、「藁ぐつ」、「中に着る防寒着」の見本が数種類ずつあり、番号がついている。
お店の人に番号を伝えると、妖石が渡される。それを試着室にある台に置くと装備が身体に装着され、この街を出ると自動的に解除される仕組みらしい。
しかも、無料なので、自分の妖力で装備できる人たちでもここを利用する人が多いらしい。
「決まったか?」
デザインはさほど変わり映えもせず、丈の長さが違ったり、藁の地の色、濃いめ、薄め、などの違いがある程度なのだけれど、それでもその中から選び終わったところで、蒼月さんから声をかけられた。
「はい。蒼月さんは?」
「ああ、俺はいつも決まっているからな。」
こうして、私たちはそれぞれ装備を身につけて、お店を出た。
「わああ〜!」
外に出ると、そこはまるで別世界だった。
今は雪は止んでいて、風もない。そのせいか、遠くまで景色を眺めることができる。
どこまでも広がる白銀の大地は、まるで柔らかな絹を敷き詰めたように滑らかで、陽の光を浴びて淡く輝いている。
空は透き通るように青く、雲ひとつない。冷たい空気が頬をかすめるたび、胸の奥まで澄んだ冬の香りが流れ込んでくる。
街へ続く道に積もる雪は踏み固められていて、藁ぐつに雪が入り込んでくることもなく快適に歩けるのがありがたい。
そうして、雪を踏みしめる「ぎゅっ、ぎゅっ」という音を聞きながら街の中心にたどり着くと、私は今日何度目かの感嘆の声を上げた。
「わああ〜!」
それを聞いて、蒼月さんが笑う。
「ここに来てから、それしか言ってないな。」
それほどまでに、景色の美しさが素晴らしいのだ。
街並みは雪に包まれながらも、どこか温かさを感じさせる造りになっていた。瓦屋根の上にはこんもりと雪が積もり、家々の軒先からは氷柱が静かに垂れ下がっている。通りの両脇には雪灯籠が並び、ほのかに灯る青白い光が幻想的な雰囲気を醸し出していた。
遠くには、雪化粧を施した山々が連なり、その頂から流れる澄んだ川が街の中央を走る。川面には薄く氷が張り、時折、小さな割れ目から水がきらめきながら流れていくのが見えて、その光景に、私は思わず息をのんだ。
「・・・綺麗。」
一面の銀世界。その静けさと、優しく包み込むような空気が、まるで夢の中にいるような感覚を与えてくれる。
「おまえは表情豊かで見ていて楽しいな。」
隣にいる蒼月さんは優しく微笑んで私を見下ろす。
「しかし、寒いので朝餉にしよう。」
肩をすくめ、寒そうに自分の手をこすりながらハァっと息を吹きかけた蒼月さんは、そう言って一軒のお店へと私を連れて歩く。
(寒いの苦手なのかな・・・笑)
少しだけ蒼月さんの弱点を垣間見た気がして、思わず頬が緩む。
「蒼月さん、寒そうですね。こうすると、少しはあたたかくなりますよ?」
そう言って蒼月さんの手を取りそっと繋ぐと、意外にも少し照れた顔を見せてきゅっと握り返してくれた蒼月さんに、胸がキュンと鳴った。
お粥屋さんに入ると、中はストーブが焚かれていて暖かい。
席について出されたお茶を飲んでいると、蒼月さんがぽつりとつぶやいた。
「あたたかい・・・」
やっぱり寒いのが苦手なんだろうなと確信して尋ねてみると、
「狐の姿の時は平気なのだが、人の姿の時は・・・少し苦手だな。」
と言う。その言い方がなんだかとてもかわいくて、思わずニヤニヤしていると、そこに噂の氷灯粥がやってきた。
透き通るような白いスープに、氷のように輝く米粒が浮かび、湯気が立ち上る。
「なんというか・・・神秘的ですね・・・」
湯気越しに粥を覗き込むと、蒼月さんは静かに微笑んで説明してくれた。
「この街では、旅人を温めるために作られてきた粥だ。雪解け水と薬草を使っている。」
私はお米をレンゲでそっとすくい、ふうふうと息を吹きかけて口に運ぶ。優しい甘みと、生姜の温かさがじんわりと身体に染み込んでいく。
「ハァ・・・美味しい・・・」
鶏がら&干し貝柱の出汁だろうか・・・日本のお粥というよりは、中華粥の方が似ている気がする。優しい味だけど、しっかりと旨みがあって、冷えた身体に染み渡る。
そこに、別添の白くて丸い雪玉麩を浮かべて食べるのも、趣深い。
食べ終わる頃にはすっかり身体が内側からポカポカしていて、頬も心なし上気して、さながらお風呂上がりのような感覚だ。
蒼月さんを見ると、やはり少し頬が赤くなっていて、私と同じような状態なのだということがわかる。
「すごく温まりましたね・・・でも・・・外、寒そうですね・・・」
窓越しに外を見ると、太陽が隠れ、シンシンと雪が降り始めているのだ。雪灯籠の光も霞んだ空気の中で、幻想的に揺れている。
「そうだな・・・まあ、しかし、宿屋はこのすぐ向かいだから大丈夫だろう。」
そんな会話の後、私たちは覚悟を決めて店を出た。
湯気の立ち上る店を出ると、外の冷気が一気に肌を刺す。思わず肩をすくめると、すぐそばに宿の明かりが見えてほっとした。
カラカラと引き戸を開けて中に入ると、土間の中央にはパチパチと燃える焚き火が据えてある。
「あったか〜い。」
思わず私が声を漏らすと、女将さんは微笑みながら近づいてきて、蒼月さんが予約の名前を告げると、お部屋に案内してくれた。
お部屋も程よく暖かく、畳全体がじんわりと熱を持っているように感じる。
(さながら床暖房・・・)
あやかし界はこの時代劇みたいな風景のせいで「昔の文化」と勘違いしがちだけれど、実は色々と便利な世界で、もしかしたら現代の人間界より遥かに快適なのではないかと思うことも多い。
こうして部屋に通された私たちは、早速、影渡さんと六条 影門の時系列の探査の準備を始めた。




