第238話 語られる真実 -7-
そんなに長居はしなかったつもりだけれど、女湯を出ると、蒼月さんは、休憩所となっているところにある竹のベンチに座り、湯呑みを片手に窓から入る風を気持ちよさそうに浴びていた。
髪はもう乾いているようで、さらさらの黒髪が風に揺れている。
「お待たせしました。」
後ろから声をかけるとすぐに振り返った蒼月さんは、私を見つけるとまた嬉しそうに口元を緩めた。
そして、おもむろに立ち上がると、近くの水差しからそこにある新しい湯呑みに水を注いで私のそばまで歩いてくる。
「まだ少し濡れているな・・・」
私に湯呑みを差し出しながらそう言った蒼月さんは、こめかみ辺りが乾ききっていなくてポタリと雫が落ちたのを見て、手に持っていた手拭いでそっとそれを拭ってくれた。
お風呂上がりの蒼月さんなんて、めずらしくない。
お屋敷でもよく見かける姿だ。
だけど、今日はいろんなことがありすぎて、蒼月さんにかかっている色気フィルターが半端なくて、ただ髪を拭われただけなのに、また心臓がドキドキと音を立ててしまう。
(私、いい加減にして・・・)
そんな自分に呆れていると、
「部屋に戻るか・・・湯冷めしては元も子もない。」
そう言って、部屋に向かって歩き出す。幸いなことに、頬が赤いのは湯上がりだからだと思ってもらえていそうで安心する。
蒼月さんの後ろを歩きながらこっそり深呼吸をしていると、あっという間に部屋に着いた。
部屋に入ると、二人して広縁の座椅子に座る。
それから・・・
「気持ちのいい湯だったな。」
「そうですね。女湯は貸切状態でしたよ。」
なんて話をしながら、湯呑みの水を飲み干す。
「俺は少しだけ今日の件の整理をするが、おまえはもう寝ろ。明日はゆっくりでいいぞ。」
蒼月さんのその言葉に促されるように立ち上がった私は、のろのろと次の間へと歩いて行く。そして、襖を開けて振り返ると、まだ座椅子に座ったままの蒼月さんに、
「おやすみなさい。」
そう言って部屋に入り、襖を閉めようと再び振り返り、蒼月さんと目が合った。
すると、蒼月さんは私に向かって、
「ん?どうした?淋しくなったらいつでも来ていいぞ。」
にやりと微笑んでそう言った後、
「なんてな。嫁入り前の娘に言っていいことではないな。」
ハハハと笑って「おやすみ」と言う。今日一日ずっと攻められては焦らされ、散々振り回されていた私が、
「もぉ〜!!どっちなんですか!!」
と抗議をすると、
「さあな?」
なおも笑いながらしれっとそう言った蒼月さんに翻弄される。
(くぅぅ〜〜〜!!)
悔しいけれど、ドキドキに気づかれる前に退散した方が良さそうだと感じた私は、
「おやすみなさい!!」
そう言って部屋に入ると、襖をパタリと閉めて敷いてあった布団にダイブする。
(寝られるわけがないでしょぉぉ〜〜〜!!!)
心の中で声を大にして叫びつつも、音が響かないように気を付けながら両手両足をばたつかせた私は、一通り暴れた後で、
(全然勝てる気がしない・・・)
ハァ・・・と深くため息をついて、布団にくるまった。




