第232話 語られる真実 -1-
送った伝書が戻ってきて、真剣な顔で読み取っていた蒼月さんが、急にこちらを向いた。
「琴音・・・今日はここに泊まっていこう。」
突然のその言葉の意味がわからなくて、一瞬呆気に取られるも、意味を理解した瞬間、勘違いしそうになった。
けれど、私もそこまでお気楽ではない。
お泊まりのお誘いではなく、まだここですべきことがあるのだろうと一瞬で理解すると、
「わかりました。」
そう言って、広縁の座椅子に腰をかけた。この耳飾りの探査をしたいのだろうと思い、蒼月さんを見ると、
「察しがいいな。」
とフッと笑った後、
「しかし、まずは食事に行こう。」
そう言って立ち上がり、私の手を引いた。
考えてみたら、出発前に朝ごはんを食べただけで、それ以降お茶とお茶菓子しか口にしていなかったことに気づく。
宿を出て、女将さんに教えてもらったおすすめの食事処で夕飯を済ませると、
「夜は長い。少しくらい遠回りしても良いだろう。」
そう言って蒼月さんがゆっくりと歩き出す。
川沿いの道には、街灯の柔らかな光がぽつぽつと灯り、水面に反射して揺らめいている。
行き交う小舟の提灯が、静かに流れる水に色を落とし、まるで川そのものが淡い光を帯びているようだった。
遠くから三味線の音色が微かに聞こえる。
祭りでもしているのか、大通りを行き交う人は多く、浴衣姿の子どもたちが橋の上ではしゃぎ、店先には夜食を求める客の姿がちらほらとあった。
ふと、並んで歩く蒼月さんの袖が風に揺れて、私の指先にふれる。
わずかな接触に心が跳ねるのを感じながら、私はそっと夜空を見上げた。
漆黒の空に浮かぶ月が、川面に淡く映る。
この静かな夜のひとときを、いつまでも歩いていたくなるような、そんな気持ちになった。
そんなこんなで何を語るでもなく静かに歩いていると、やがて宿の灯りが見えてくる。
部屋に戻ると、蒼月さんはすぐに地図を広げ、私は深く息をついた。束の間の穏やかな時間は終わり、再び真実を追う時間が始まる。
耳飾りに残る妖力を察知されないよう、蒼月さんの結界の中に私の結界を張る。そうして二重に結界を張った状態で耳飾りにかけた結界を解き、隠鳥幽索を実施する。
再び耳飾りを結界で包み、私の結界を解くと、鳥は蒼月さんの結界をすり抜けて外に飛び立っていった。
私の結界はある意味自動で守るべきもの、排除すべきものを検知してしまうので、蒼月さんの結界のように誰を許可し、誰を排除する、といった応用が効かない。
先日のように、静寂と癒しの結界を張って眠りなんてしたら、私が起きるまで外の人は何もできないということもあり、帰り道で私にも相手を判別して結界を張る方法を教えて欲しいとお願いしたのだけれど、今の私には自動判別の方が安全だと言われてしまった。
広縁に座ったまま、飛び去っていく鳥を眺めていると、空が一瞬明るくなり、ドォーーーーンと大きな音が響いた。
何事かと蒼月さんを見ると、
「花火か・・・」
そう言った蒼月さんは、立ち上がってもう一つの窓辺へと歩いていく。それから、窓辺に2枚座布団を並べて置くと、
「こちらからだと綺麗に見えるぞ。」
と手招きをした。
人が多いと思ったら今日は花火の日だったのかと妙に納得しつつ、呼ばれるままに窓辺に行き、座布団に腰を下ろす。
どちらにせよ鳥が帰ってくるまで小一時間はかかりそうなこともあり、二人で花火鑑賞をすることにした。
眼下にはざわめく人混みと水路、夜空には大輪の花。偶然とはいえ、かなりの特等席だ。
「わぁ・・・」
澪ノ苑の夜を照らすように、色とりどりの花火が次々と打ち上げられ、川面にも淡い光が揺らめく。
一瞬の静寂の後、空に響く轟音が、身体の奥まで響いてくる。
水路に浮かぶ小舟の提灯も、夜店の灯りも、花火の輝きに飲み込まれ、まるで街全体が幻想の中に溶けていくようだった。
やがて、ひときわ大きな花火が空を彩る。
「綺麗ですね。」
ふとこぼした言葉に、蒼月さんが微笑を浮かべる。その笑顔が優しくて、照れた私はまた視線を外へと向ける。
夜空に色とりどりの大小の花が次々と咲いては散る。
闇に溶けるように広がる光の波は、まるで空が息をしているようだった。そして、隣にいる蒼月さんの存在もまた、私の胸の奥をじんわりと温めてくれる。
「わぁ〜・・・!」
思わず大きな感嘆の声を上げてしまい、私は慌てて口を押さえた後、その手を元の位置へ戻した・・・つもりだった。
けれど、指先に触れたのは、隣にいる蒼月さんの指先で、
「あ!すみません!」
驚いて顔を向けると、蒼月さんもこちらを見つめていた。
花火の光に照らされた顔は、いつもよりも柔らかく、それでいてどこか真剣で。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
夜風に揺れる窓辺の提灯の明かりが、蒼月さんの瞳に映り込む。
そして、何か言葉を探すよりも早く・・・
蒼月さんはゆっくりと首を傾け、迷いのない動作で私の唇に口付けた。
ふわりと、優しく、けれど確かに熱を帯びた口付け。
それは夜の静けさに溶け込むように続き、そっと離れたものの、触れていた場所が、ほんのりと熱い。
「・・・ふふ。」
こんなにも幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。
恥ずかしさを隠すように、私は小さく笑うと、そのまま蒼月さんの肩にそっと身を預けた。
蒼月さんは、そんな私の肩をそっと抱き寄せてくれる。
遠くで、また大輪の花が咲く。
外から聞こえる雑踏や花火の音とは別に、じわりと静けさの広がる私たち二人だけの世界に浸る中、目の前で、今までで一番鮮やかで大きな花火が上がった。




