第227話 闇からの視線 -4-
助けを呼んですぐに小鞠さんが駆けつけ、兄弟喧嘩は程なくして収束した。
「屋敷を燃やす気か!!」
という一言で二人とも我に返ったように喧嘩をやめたのを見て、実家だもんね、大事だよね、と妙に納得していたら、
「喧嘩をするなら、ちゃんと部屋に結界を張ってからだと何度も言っておろう!」
そんな声が聞こえて、んんん??となった。
「ごめん、ごめん。」
「悪かった・・・」
相変わらず軽い口調で謝る煌月さんと、正反対の蒼月さんが低い声で謝ると、小鞠さんはそれを見てにっこりと微笑んで、
「分かれば良いのじゃ。分かれば。」
と、うんうんとうなずきながら部屋を出て行った。そんな小鞠さんの手慣れた様子を見て、大人二人に説教している子供のように見えるけれど、実際は逆なんだろうな、と心の中で納得する。
小鞠さんがいなくなり、沈黙だけが居間に流れる中、蒼月さんはコホンと軽く咳払いをすると、
「とにかく。」
そう言って私たちの視線を集め、
「澪ノ苑 は俺と琴音で行く。もちろん日帰りで。」
と言った。
それからすぐに解散となり、「夕餉も食べたいし、なんなら泊まって行こうかな〜。」と言う煌月さんを、蒼月さんが追い出した。
本当に徹底的に塩対応なことに笑ってしまう。
私はというと、本当になぜだかわからないのだけれど、今日は全然疲れを感じていない。
今までは二件の隠鳥幽索実施後はあっという間に眠りに落ちていたのに、これから鍛錬するぞと言われても大丈夫なくらいだ。
(なんでだろう?偶然?それとも何か理由がある・・・?)
考えてもわからないので、たまたまめちゃくちゃ体調が良かっただけかもしれないと、とりあえず様子を見ることにした。
「琴音。」
居間でお茶碗などを片付けていると、蒼月さんが入ってきて私の名前を呼んだ。
「明日は朝餉を食べたらすぐに出かけよう。地図や小物などは俺が持っていくゆえ、おまえは手ぶらで良い。」
「はい、わかりました!」
私がまとめたお茶碗やお茶菓子のお皿を乗せたお盆を、蒼月さんが運んでくれる。そんな蒼月さんについて廊下を歩いていると、ふと立ち止まった蒼月さんが振り返って言った。
「今日・・・夕餉の後に・・・話をしたいのだが・・・」
いつものような自信に満ち溢れた瞳とは違う、少し自信がなさそうな、こちらを伺うような瞳。
昨日の言葉と態度で蒼月さんの気持ちはもう十分伝わったと思っているけれど、蒼月さんにとってはきっと、話し合いがけじめになるのだろう。
なので、
「はい。」
はっきりと短い言葉で答えると、蒼月さんはほっとした表情になり、
「では、夕餉の後、部屋に行く。おまえはもう部屋に戻って休め。疲れていないように感じていても、疲労というのは溜まるものだ。」
そう言うと前を向き、再び廊下を歩き始めた。私はというと、再び「はい」と返事をして蒼月さんの後ろ姿を見送ると、言われた通り部屋に戻りソファにゴロンと横になった。
ただ、やはりあまり疲れている実感はなく、それでも横になったこともあって、目を閉じていると、知らぬ間に意識が薄れ、そのままうとうとと眠ってしまった。
──────────
暗闇の中、どこからか透き通る冷気が漂ってきた。
気づけば私は一面の銀世界に立っていて、足元の雪はさらさらと光を反射し、どこまでも続く静寂の中、遠くで鈴の音のような響きが聞こえる。
(今って・・・夏だよね・・・?・・・夢、かな?)
その変化に戸惑っていると、どこからか視線を感じた。辺りを見回していると、ふと涼しげな女の人が目に入った。
瞳はうっすらと水色で、その肌は透明感を持ち、透き通りそうな銀髪が風に揺れるたびに微細な氷の粒が舞い散る。その指先はまるで氷の欠片を纏っているようで、動くたびに淡い光を放っていた。
「わらわは氷の精霊。おまえの中に眠る力を目覚めさせよう。」
精霊と名乗った存在がそう言って静かに手を差し伸べると、その瞬間、周囲の雪が輝き出し、空中で舞い踊るように渦を描いた。
私の身体に触れた雪の結晶が、冷たさではなく温かな力を宿し、体の中に流れ込んでいく。
(え!・・・何!?)
もうこれは夢だろうと確信し、目の前で光り輝く雪の結晶をそっと手に取ると、それは氷の花の形を成し、私の手の中で穏やかに脈打つ。
(蓮の花・・・?)
じんわりと光りながらとくとくと脈打つ花を見つめていると、それは時と共に手のひらにすうっと吸い込まれるように消えていった。
「その加護は、おまえの信念と共に強くなるだろう。」
精霊はふっと微笑むと、光の中に溶けるように姿を消した。それと同時に、辺りの景色も淡く滲んでいく。
「え!ちょっと!」
そう叫んでパチリと目を覚ました時、手のひらには小さな雪の結晶が残っていた。
それはまるで溶ける氷のように静かに消えていき、その場所にほんのりとした温かさを感じる。
「加護・・・?何、それ?」
手のひらに不思議な温かさを感じながら、どう説明したら良いかはわからないものの、何かが変わったような気がしなくもない・・・そんな不思議な感覚に包まれていた。




