第214話 家出 -4-
結局、断りきれなくて、煌月さんの人探しの任務を手伝うことになった私は、その日から早速お手伝いを開始することになった。
秘密裏に行われている任務なので、対象の名前は明かせないとのことだったけれど、隠鳥幽索は名前ではなく妖力を追うため、問題ない。
それも煌月さんにとっては都合が良かったのだろう。問題ないと言って、いくつかの小物を用意してくれた。
(男性ものだよなあ・・・)
探す対象が男性なのは分かったけれど、こんなに簡単に身の回りの品を手に入れることができるなら、すぐに居場所も分かりそうなものなのに・・・と少しだけ疑問が湧いて、無意識につぶやいてしまった。
「この小物たち、どうやって手に入れたんだろう・・・」
すると、煌月さんはそれに反応して、何だか悪そうな顔をしながら、
「知らない方がいいこともあるからね・・・」
と、物騒なことを言う。
もう、どこまでが本気で、どこまでが悪戯なのかわからない煌月さんには深くツッコミを入れることはせず、黙って探査を行うことにした。
リクエストとしては、時系列で追った後、痕跡の強さでも追いたいということだったので、二回に分けて実施する。
まずはここ一ヶ月について時系列での探査を行うと、やはり街全体を一ヶ月分、時系列で探査するのは負荷が高いのだろう。
小一時間ほど帰ってこなかった。かかった時間から想像するに、おそらく両手では受け止められないほどの光の粒があるだろうと思い、手のひらで受け止めることは諦めて、鳥に直接地図上に撒いてもらうことにした。
しかし、予想に反して、記された印の個数はそれほどではなかった。
その理由がわからなくて、術に何か不具合があったのかと思案していると、
「まあ、隠れてこっそり行動しているようだから、あまりあちこち出歩いてないんでしょ。」
地図をじっくり見た後でそう言った煌月さんは、
「ほら見て。同じ場所にいくつも大きさの違う印がついてるでしょ。」
そう言って、一つの場所を指差した。
確かに、立ち寄った場所は少ないのに、同じ場所にいくつも印がついている。あと、気になるのは、地図の外にポロポロと光の粒が溢れていることだろうか。
「これは・・・地図の外ってことですかね?」
煌月さんを見上げてそう尋ねると、
「うん、そうだろうね。」
煌月さんがそう答えたのと同じくらいのタイミングで、お手伝いさんが少し大きめの地図を持ってきた。
(さすが・・・)
その手回しの速さに感心する。
地図を受け取った煌月さんは、その地図を広げると、溢れている氷の粒を大きい方の地図にばら撒く。すると・・・
「郊外での活動の方が多いみたいですね・・・」
明らかに街の中心地から離れた場所への印が散見された。
その中でも特に多いのが、滝の近くで・・・
(あれ・・・?この場所って・・・)
前にサイコな妖狐に攫われた時に連れて行かれたのが滝の上の草地だったことを思い出した。
ただ、帰りは蒼月さんに抱えられて帰ってきたこともあり、場所がどこかまではわからないのだ。
地図を見る限りでは滝は二箇所あり、印がついているのはその片方のみなので、あの時の滝かどうかはわからずじまいだ。
そして、もう一つ気になったのが・・・その滝からそう遠くない湖の近くにも印が集中していることだ。
「ここは何という湖ですか?」
私の何気ない問いかけに、煌月さんが答える。
「ああ、ここは幽月湖と言って、湖畔にある食事処は雰囲気が良くてお勧めだよ。」
その答えはある意味想定通りで、私は心の中で「やっぱり」とつぶやき、それと同時に、あの不気味なあやかしのことを思い出して、一瞬ぶるりと身を震わせる。
そうなると、今煌月さんが探している人と狐の一連の事件は関連している可能性が高くなる。
ただの偶然だと思いたいけれど、平和で治安が良いとされている市ノ街での連日の不可解な事件。
事件が一つ起きるだけでもめずらしいことなのに、それらが繋がっていないバラバラの事件だなんて、考えにくいと思うのだ。
影渡さんの失踪はこれらの事件との関連性はまだ見つかっていない。
けれど、先日長老から聞いた話を踏まえて考えると、影渡さんの失踪は『あやかし界の有事』とは関係がありそうだった。
煌月さんがどういった理由でこの男性を探しているのかはわからないけれど、
「影渡さんの件と関係があるのかなあ・・・」
無意識に口から出てしまったその言葉に、煌月さんがわかりやすく反応した。
「え!?」
煌月さんのその声に顔を上げると、煌月さんは驚いた顔で私を見ていた。
「今、影渡って言った?」
「あ、はい。元々この術は影渡さんを探すために錬金したようなもので・・・」
「え?何で?人間界に帰るため?」
ああ、そう言われたらそうだった。影渡さんが見つかれば人間界に帰ることができるのに、そんなことは頭の片隅から消えていた。
「いえ・・・影渡さんともう一人、男の人を探していまして・・・」
何となく名前は伏せた方が良いと思ってそう言ったのに、
「わ・・・!」
煌月さんに突然両肩を掴まれてびっくりする私に、
「ちょっと・・・その男の名前・・・聞いてもいい?」
見たことないような真剣な面持ちでそう聞かれた私は、長老の言葉を思い出す。口外禁止とは言っていなかった・・・と思うし、もしそうであれば、あの妙に色っぽい術で口止めされていたと思う。
なので、誰だったっけ?と思い出すように記憶を辿り、ようやく思い出したその名前を口にした。
「六条・・・なんだっけ?かげ・・・」
下の名前がうまく思い出せず、目を閉じて一生懸命思い出そうとしていると、
「影門?」
そう言われて、
「ああ、そうです!その人!」
と目を開けると、煌月さんの顔が間近にあって、その瞳は先ほどよりもさらに大きく見開かれていた。だけど、それよりも顔の近さが気になりすぎて、
「わあああ!」
私は驚いて、ズザザザとわかりやすい音を立てて後ずさった。




