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第213話 家出 -3-

部屋に入ってきたその女性は、地図を前にして並んで座っている私と煌月さんの正面に腰を下ろした。

そして、もう一度私を見ると、


「はじめまして。煌月の妹の風華ふうかと申します。」


と、深々と頭を下げた。


煌月さんの妹さんということは、蒼月さんのお姉さんだ・・・。ゆっくりと顔を上げたお姉さんと目が合い、今度は私が一礼をしながら自己紹介をする。


「はじめまして。琴音と申します。訳あって、煌月さんにお世話になっております・・・」


蒼月さんにはもっとお世話になっているのだけれど、今ここでそれを持ち出すべきかどうか迷い、あえて口には出さずにいると、


「蒼月と一緒に暮らしてる・・・方ですわよね?」


その瞬間、視線が絡み取られるような感覚を覚えた。

私はというと、先にお姉さんから指摘されてしまった気まずさで、心臓がバクバクと高鳴り出す。


「あ、はい!蒼月さんにも大変お世話になっており・・・申し訳ございません!」


自分でも何に謝っているのかわからないけれど、畳におでこがつくくらいに頭を下げて謝っていると、


「ちょっと、風華ちゃん。琴音ちゃんのこといじめないでくれる?」


と、くくくという笑い声混じりの煌月さんの声がして、


「あら、嫌だわ、お兄様。いじめているつもりなんてございませんわよ。」


「そお?琴音ちゃん萎縮しちゃってるけど?」


なんて、火に油を注ぐような会話がなされているのを聞いて、私は慌てて顔を上げる。


「いえ!全然です!!いじめられてないです!すみません!全部私のせいです!!」


背筋をピンと伸ばして風華さんをしっかり見て、ハッキリと言う。すると、さらに支離滅裂な私の言葉を聞いて、二人が同時に吹き出して笑った。


「ほんにいこと・・・」

「かわいいなあ・・・」


顔を上げると、二人が私を何ともいえない目で見ていて、違和感が半端ない。


(なんでこんな目で見られてるんだろう・・・?)


「あの・・・」


なぜかうっとりとした目で私を見続ける二人に向かって、おずおずと声をかけると、


「「蒼月にはもったいない・・・」」


二人の声が重なった。



二人の思考がさっぱり理解できず言葉を失ったままでいると、ハッと我に返った煌月さんが私に言った。


「あ、ごめん。この扇子の持ち主の風華が来たので、地図への展開、お願いできる?」


その言葉に、私もすっかり忘れていたことを思い出し、私が落ち着きなく動いていて止まるところがなく部屋の家具に避難していた鳥を呼び、指を差し出すと、ちょこんとそこに移ってくる。

それから手のひらを差し出して氷の粒を受け取ると、それを地図にそっとばら撒いた。


ほんのりと光ってから徐々に現れてくる印に、煌月さんも風華さんも釘付けになっている。

先ほどの煌月さんの印はオレンジ色、風華さんの印は紫っぽいピンク・・・マゼンダだ。


「これは・・・」


展開された印を人差し指で追うように見ていた風華さんは、すべての印を見終わると少し興奮気味に言った。


「これは、なんと素晴らしい!」


その言葉を聞いて、風華さんの行き先も正しかったのだと理解した。と同時に、それを聞いた煌月さんも何か思うところがあったらしく、


「ねえ・・・琴音ちゃん・・・」


私の方に向き直してすっと私の右手を取る。

突然のその仕草にびっくりして固まっていると、両手で私の右手をふんわりと握った煌月さんは、


「今日は蒼月の屋敷には帰らず、僕の任務を手伝ってくれない?」


と、首をかたむけて上目遣いで言った。


「・・・!」


蒼月さんと(ほぼ)同じ顔から繰り出される上目遣いの破壊力たるや、想像の遥か上をいくもので、頭の中には『断る』という選択肢は一切浮かんでこない。


でも、口をぱくぱくとさせながら言葉を発することができずにいる私に、煌月さんはこともあろうか、耳元に口を寄せてこんなことを言う。


「少し時間をおいたほうが、蒼月も反省するだろうし。」


(いや!そんな!駆け引きなんてとんでもない!!)


昨日の事情を知らない風華さんに心配かけないように、こっそりとそう言っただけなのだろうけれど、耳元でささやかれる蒼月さんに似た低音ボイスに、頭が沸騰しそう。

それなのに、さらに・・・


「なあ・・・俺を助けると思って・・・協力してくれないか?」


これは絶対に確信犯だ。煌月さんは僕呼びなのに蒼月さんの俺呼びに変えてくるなんて!


顔が火照って熱くなっているのがわかる。これ以上こんなことをされたら正気でいられなくなってしまう。


なので・・・


「ちょちょちょ!わかりました!!協力します!!だから離れてください!!」


握られた手をブンブンと振りながらそう言うと、


「いじめているのはお兄様の方では・・・?」


探査に使った扇子を口元に当てて横目で煌月さんを見ながらそう言った風華さんは、


「こんなことが蒼月に知れたら・・・ふふふ。」


意味ありげに微笑むと、その言葉にパッと私から手を離した煌月さんを見て、楽しそうに口元に弧を描き、


「久しぶりに楽しゅうございましたわ。琴音さん、こんなお兄様ですけれど、どうぞ仲良くしてくださいましね。」


それからスッと静かに立ち上がった風華さんは、では、と軽く会釈をすると、来た時と同様に音もなく部屋を後にした。

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