第212話 家出 -2-
チチチと鳴く鳥の声で、徐々に意識が覚醒する。
(あ・・・そうか、時報せさんはこのお屋敷にはいないんだった・・・)
目が覚めたものの、今が何時か分からず、のそのそと起き上がると、部屋の入り口近くにいつの間にか着替えが置いてあった。
数箇所に施された小さな刺繍が煌びやかで、なんだかちょっと高そうなその着物に怯みつつも、着るようにと置いてくれたのだろうと思い、恐る恐る袖を通す。
そうして着替えをしていると、ふと廊下から声がした。
「お目覚めになりましたでしょうか。」
その声に、はい、と答える。すると、お手伝いさんだろうその声はこう続けた。
「煌月様がぜひ朝餉をご一緒にとのことですが、いかがいたしましょうか。」
「ぜひ、お願いいたします。」
「かしこまりました。では、四半刻ほどしましたら、お迎えにあがります。」
そんなやりとりがあり、今、広間のようなお座敷で、煌月さんと向かい合って朝食を取っている。
二人きりとはいえ、煌月さんが気を遣っていろいろと会話を振ってくれたこともあり、朝食の時間はあっという間に過ぎていく。
しかし、朝食が終わり、お手伝いさんがお茶を運んできてくれると、突然話は本題に入った。
「ところで・・・昨日はよく眠れた?」
その言葉に、自分でも眉が下がったのを感じる。
「いえ・・・自己嫌悪で何度も目が覚めてしまって・・・」
うつらうつらと眠りに入りそうになると、昨日の庭での出来事がフラッシュバックしてきて、夜中に何度も目が覚めてしまった。
とはいえ、朝方にはいつの間にか寝入っていて、少しは眠れていると思う。
「そっか・・・」
そう言って優しく私を見る目が蒼月さんとそっくりで、本当に兄弟なんだな、と改めて感じる。すると、ふと、疑問が湧いた。
「煌月さんって・・・確か、この街ではないところにお住まいって聞いていたんですけど・・・ここは市ノ街ですよね?」
市ノ街の外の街に行くためには、境の渦を通らなければ行けないはず。だけど、昨日、境の渦を通った記憶がないため、ここは一体どこなのだろうという疑問が湧いたのだ。
「そう。普段は炎ノ里の別邸にいるんだけど、今はちょっと別の任務で本邸に戻ってるんだ。」
「本邸・・・」
「本邸と言っても、実家とは違うんだけどね。ここと同じ敷地内には実家もあるんだ。そちらには両親と妹夫婦、そして、その娘の家族が住んでいるよ。」
普段蒼月さんのおうちのことについてほとんど意識したことはなかったのだけれど、その話を聞いて、一体この一族はどういう一族なのだろうという疑問も追加で湧いてくる。
さらにその流れで、先日お会いした蒼月さんのお母さんのことを思い出す。とても美しく、上品さと威厳に満ち溢れた女性だ。
「そういえば、母には会ったことがあるよね?」
ちょうど思い出していたところにそう聞かれて、思わず背筋が伸びる。
「あ、はい。なんというか・・・とても美しく、荘厳な雰囲気の・・・」
「あはは、怖そう、って言っていいよ。」
「そ、そんなこと思ってません!!本当に、なんというか、神々しい感じだったので・・・」
もう何を言ってもメチャクチャな感想にしかならなそうで、口をつぐんだ私を見て、煌月さんは楽しそうに笑う。
「まあ、家では優しい母なんだけどね。外に出るとそれはそれは鬼よりも恐ろしく、ついでに人使いも荒い。僕が今依頼されている人探しも、そりゃあ大変で・・・。」
さっきまで楽しそうに笑っていた煌月さんは、困った笑い顔に変わる。この人はとても表情豊かだな、と思わずじっと見ていると、
「あ、ごめんごめん。任務の話なんてつまらないよね。」
と、気を遣われてしまったので、
「いえ。私も今、任務とは少し違うんですけど、少しでもお役に立てればと思って人探しの妖術を錬金してみたところなんです。まだ数件しか試してないんですけど、それでも自分では結構いい感じに仕上がっていると思っていて・・・差し支えなかったら、使ってみますか??」
何気なくそう言ってみたのだけれど、煌月さんは思いの外食いついた。
「え!琴音ちゃん、錬金できるの?すごいじゃん。ていうか、人間だよね?」
褒められて嬉しくなった私は、すっかり煌月さんの会話術に飲まれて調子に乗ってしまっていたのかもしれない。
「お試しで誰か探してみます??探したい人の妖力が残っているものと市ノ街の地図があれば、今ここでもできますよ。」
そう言うと、煌月さんはあっという間に市ノ街の地図と男性ものの小物を用意してくれた。そして、
「誰かは一旦秘密にするけど、この持ち主を探せる?」
そう言って差し出された小物と地図を使って、隠鳥幽索を披露すると・・・
「これは、すごいね・・・」
しばらくして戻ってきた鳥が残した氷の粒で描かれた印を見て、煌月さんは感心したようにつぶやく。
「見事に全部合ってるよ。」
そう言って、私の肩に止まったままの氷の鳥の頭を人差し指でよしよしと撫でている。
「琴音ちゃんが探してくれたのは僕自身で、結果も合っていた。いやあ、すごいね。」
もう一度讃辞を送ってくれた煌月さんは、もう一人だけやってみたいと私に伝えると、一度、席を外した。
そして、少しして戻ってきた煌月さんの手に手ぬぐいに包まれて運ばれてきたのは、女性ものの扇子で、
「これでやってみてくれる?」
目の前に置かれた扇子を指さして、肩に止まる鳥に指示を出す。
それからまたしばらくの後、鳥が私の元に戻ってくると、
「地図に展開するのは、ちょっと待っててね。もうすぐ来ると思うから。」
煌月さんはそう言って、開きっぱなしの障子の方に視線を移した。
(もうすぐ・・・くる?)
それを聞いて、ああ、この扇子の持ち主が来るのだな、と思ったのとほぼ同じタイミングで、
「失礼いたします。」
そう言って音もなくするりと部屋に入ってきた美しい女性を見て、ハッとした。
どこかで見たことがあるような・・・だけど、すぐには思い出すことができない。
(誰だっけ・・・どこで見たんだっけ・・・?)
記憶を掘り起こそうとその女性をじっと見つめていると、同じように私を見つめたその女性は、
「はじめまして。あなたが琴音さん?」
そう言って、穏やかな微笑みを浮かべた。




