第209話 日常と葛藤 -8-
今回は、まずは、痕跡の強さ、個数制限なし、ここ一ヶ月の市ノ街中心部(幽月湖や天狗山などは含まず)でやってみた。
「今までより少し時間がかかると思います。」
動き回っている翔夜くんを探査するとなると、それなりにポイントがあると思われるので、帰りを待つ間、蒼月さんのお土産をいただきながらお茶をすることにした。
「おお!」
包みを開けた小鞠さんが感嘆の声を上げるのもわかる。
「わあ・・・」
同じタイミングで私も声を上げたくらいだ。
おそらく練り切りだと思うのだけれど、夏をモチーフとしているらしく、お花や金魚、花火など、カラフルでかわいい。
「味も様々らしい。」
それぞれ好きなものを選ぶ中、私は花火を選んだ。
小鞠さんに渡された懐紙の上にそれを置き、黒文字で十字に切ると、中には白餡が包まれている。口元に運ぶとふんわりゆずの香りがして、思わず顔がほころんでしまう。
「美味しい・・・」
和菓子のこのほっこり感は、洋菓子のそれとはまた違った良さがあって、私はどちらかというと和菓子派だったりする。
夏で、風もない夕方、しかも四人も部屋にいる状況で、鼻を抜けるゆずの香りが一筋の清涼感を運んでくる。
そんなこんなで思い思いがこの美しい和菓子を堪能しながら何気ない会話をしていると、チチチという声と共に、鳥が戻ってきた。
手のひらを差し出すと、バラバラとピンク色のものを含む20個ほどの氷の粒を落としてきて、片手では足りないと思わず両手のひらを差し出したほどだ。
落とし終わったところを見計らい、ひんやりとしたその粒を地図の上にばら撒いた。
「ほう・・・」
地図がじわりと光り、徐々に丸い印がついていくのを蒼月さんは興味深げな表情で見つめている。翔夜くんの印は茶色だった。
そうしてすべての印が付いたのを眺めると、星印がついているのは、想像通り番所だった。
蒼月さんのお屋敷にも小さな丸印が付いている。これは、前に送ってもらってきた時のものだろうか。
それ以外はどこかのお店だったりするのだろう。私の知らない場所が多く、
「ここと番所しかわかりません・・・」
正直にそう言うと、蒼月さんはもう一度ざっと地図を見渡して、
「見回り範囲や飯屋が多いな。」
と言い、焔くんも地図を見て、
「ほんとですね・・・つまんないの。」
と、言った。
(つまらないって・・・・)
拗ねた口調でそんな事を言うものだから、思わず笑ってしまう。
「一体焔くんは翔夜くんにどんなイメージを持っているのよ?翔夜くんって、真面目で素直で結構一途ないい人だと思うけどな〜。」
笑いながらもついついそう言うと、焔くんはぷくりと頬を膨らませて、
「琴音が翔夜に気を許しているのが気に入らないんです!!!」
なんて言ったから、焔くんがヤキモチを妬いてくれているのだという事を知って、思わず頭をわしゃわしゃと撫ででしまった。
「え〜、何それ〜〜!!かわいいんですけど〜〜〜!」
ほっぺたを両方から摘んで伸ばしてみる。
「やめほよ〜!」
足をジタバタさせているのがさらにかわいい。
「私は焔くんも大好きだよ〜〜〜!」
そう言ってぎゅうっと抱きしめてあげると、さらにもがくようにジタバタとした焔くんは、
「子供扱いするな〜〜〜!!!おいらは琴音よりもずっと年上だぞ〜〜〜!!!」
と叫んで私の腕の中から抜け出すと、一目散に逃げるように蒼月さんの背後に隠れて、顔だけ出してこちらを見て言った。
あら、そうでしたか。
年齢まで考えたことがなかったので、そうなんだ、と改めて知る。
そんな私たちのやりとりを笑いながら見ていた小鞠さんは、
「仲良きことは美しきかな。」
なんてつぶやいて、お茶を一口飲む。蒼月さんは蒼月さんで、焔くんにがっしりと袖を掴まれながら、何かを言いかけて少し口を開きかけたが、そのまま閉じて視線を落とす。
それから、
「・・・まあ、よい。俺は一旦部屋に戻るとしよう。琴音は錬金の才能がありそうだから楽しみだな。」
そう言ってゆっくりと立ち上がると、
「錬金は生成中はとても妖力を使う。夕方の俺との鍛錬は休みにするゆえ、夕餉までゆっくり休むとよい。」
焔くんに声をかけて、行くぞ、と促した。
その声に誘われるように立ち上がった焔くんは、ちゃぶ台の影に隠れていた蒼月さんの筆入れを拾い上げて、蒼月さんに「実は〜」などと言い訳をしながら一緒に部屋を出ていく。
残された小鞠さんも、お茶を飲み干したタイミングで、
「わらわも戻るかのう。あ、甘味の残りはまた夕餉の後にでも食べようぞ。」
残りの和菓子を包み直して、お茶のセットを使い魔たちに片付けるように指示をして部屋を出ていった。
そして、残された私は、急に訪れた静けさの中、
(蒼月さん、何を言いたかったんだろう・・・)
少しの疑問と、確かに襲ってきた疲れと共にソファへと倒れ込んで、そのまま夕餉の時間まで眠ってしまった。




