第207話 日常と葛藤 -6-
手拭いを握りしめてとぼとぼと廊下を歩いて自室に戻る。
「手拭い・・・?」
戻ってきた私の手に手拭いが握られているのを見て、小鞠さんが不思議そうに尋ねてきた。
「あ・・・氷華さんが、蒼月さんがさっき忘れて行ったって・・・・届けてくれました。」
その言葉を聞いて、小鞠さんはますます不思議そうな顔をする。何か気になることでもあるのだろうかと、今度は私が気になり始めると、
「まあ、よい。それよりも、琴音殿、焔とさらなる改良案を考えたので聞いてくれぬか?」
楽しそうにそう言った小鞠さんを見て、私も一旦この件は置いておくことにして、受け取った手拭いはちゃぶ台の上に畳んで置いた。
小鞠さんのいう改良案というのは、次の三つだった。
まず、対象者を見つけても見つからないようにすること。しつこく周りを飛んだり、低空で飛行したり、一応見つかりにくいような姿にはしているものの、妖力の高い者は気配を感じて怪しむ可能性があるから、と。
そしてもう一つが、探査中に現在位置がわかる場合は、地図上にもそれを表示するようにすること。これは、あれこれ考えた結果、わかりやすいように光の粒をピンク色にすることと、地図上で星印とすることにした。
探査範囲に妖力の痕跡があっても、対象者がその範囲内にいない場合は氷の粒は全て透明になる。
最後は、対象者によって印の色を分けること。なるほど、そうすれば同じ地図を何度も使いまわせて便利になる。
「いいですね!」
改良案はどれもいい案だと思った私は、早速練金を改良していく。そして、改良が終わると、
「よし。したら、今度は焔を探してみるかえ?」
小鞠さんがそう言って、ニヤリと笑う。焔くんは私の鍛錬に付き合って家にいることが多いような気がしていたけれど、実は蒼月さんのお使いや調査の手伝いで出掛けていることも結構多い。
「焔、ちょっと別の部屋に移動してみてくれんか?」
そう言われて、焔は「はーい!」と元気よく部屋を出ていき、少し経つと、どこからか「いいですよー!」という声が聞こえてきた。
それを聞いた小鞠さんは、私に目配せをした。
「隠鳥幽索・・・この座布団にさっきまで座っていた人を、市ノ街で探してきて。こちらも最大で5箇所見つけるまでね。」
今度は条件を指定しなかったから、「時系列」で見せてくれるはず。そうしてまた飛び立っていく鳥を見送った私たちは、お茶を飲みながら待つことにした。
「どのくらいで戻ってきますかね?」
「蒼月よりは行動範囲が狭いじゃろうし、さっきほどはかからんじゃろ。」
そして・・・小鞠さんの予想通り、ものの10分も経たないくらいの時間で鳥が帰ってきた。手のひらに氷の粒を落としてもらうと、きちんとピンク色が混じっている。
「焔〜。もう戻ってきても良いぞ〜。」
小鞠さんが焔くんを呼ぶと、焔くんは程なくして部屋に戻ってきて、私の手のひらを覗く。
「ちゃんと桃色がある!」
嬉しそうにはしゃいでいる焔くんを可愛いなと思いつつ、地図の上に光の粒をばら撒くと、地図の上にじんわりと薄い光の輪が現れ、氷の粒が一つ一つ落ちるたび、それぞれの粒がまるで水面に広がる波紋のように淡く輝いて印をなしていく。
「・・・おい、焔。」
新しく付いた印を見て小鞠さんが呆れたような声を上げたけれど、地図を見ても私にはその理由がわからない。
色は最初の黒から変わって、水色の印になっていて、さらに、ちゃんと蒼月さんのお屋敷が星マークになっている。
星以外の丸い印は比較的お屋敷から近いところに散らばっていて、お屋敷が一番最近、二つ目から五つ目はちょっとずつ印が小さくなっているから、等間隔っぽく見えなくもない。
で、肝心の場所がどこかというと、私にはさっぱりわからなくて、小鞠さんに聞いてみようと顔を上げると、
「団子屋、冷やし甘酒屋、甘味屋、蜜芋屋・・・全部甘味ばかりではないか。」
それを聞いて、思わず吹き出してしまう。
「え〜、だって〜〜〜。」
「食事が足りんということはなかろうに。」
「おやつは別腹なんです〜!」
そんなに甘いものが好きだなんて、やっぱり蒼月さんの使い魔なんだな、と思ったら微笑ましい。
「だいたい、小鞠様、屋敷の外なんか出ないのに、なんでそんなに詳しいんですか〜。」
焔くんが負けずに応戦をしていると、
「わらわは甘味に目がないからな。調査も兼ねて、使い魔によく買いに行ってもらっておるのじゃ。」
なぜかドヤ顔で言い返している小鞠さんも可愛くて、こんな平和な日が続けばいいのになあ・・・なんて、言い争う二人をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていたら、
「なんだ、皆、ここにいたのか。」
急に蒼月さんの声が聞こえてきて、びっくりして顔を上げると、
「新しくできた甘味屋の評判がよかったゆえ・・・土産だ。皆で食べないか?」
と、またまたタイムリーな話題を持ってきたこともあって、私は思わず声を上げて笑ってしまった。




