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第206話 日常と葛藤 -5-

三人でお茶をしながら待っていると、四半刻しはんこく(約30分)ほどで鳥が戻ってきた。


手を差し出すと、鳥はスゥッとその指に止まる。それを見て、もう一方の手のひらを広げて差し出すと、その上に、くちばしから5つの氷の粒をポロポロと落とした。

それを受け取った私は、あらかじめ敷いてあった市ノ街の地図の上にぱらりと撒く。


すると・・・


「おお・・・」


小鞠さんが感嘆の声を上げる中、地図の上にじんわりとさまざまな大きさの丸印が浮かび上がった。


「わぁ・・・」


私も釣られて声を上げる。


「一番大きいところはどこでしょう・・・って、このお屋敷ですね。」


時系列ではなく痕跡の強さを条件にしたのだから、それはそうか、と思わず笑ってしまう。


「痕跡の強さ」というのは、妖力がとどまっている量を示す。滞在するだけでも身体から漏れ出ている妖力がその場に残るため、何も術を使わずにいれば単純に「滞在時間」と読み替えることも可能だ。

そうではなく、何かの術を使ったと言うことであれば、その術に使った妖力の大きさが「痕跡の強さ」となる。

例えば、市ノ街で最近蒼月さんが莫大な妖力を使った場所・・・幽月湖ゆうげつこを範囲に含めたら、間違いなくそこが一番大きな丸印となるだろう。


ということで、試しに丸印が大きい順に見ていくと、それは、お屋敷、書庫、不明、番所、長老のお屋敷だった。


「ここは・・・どこだろう・・・・?」


不明の場所を指差してひとりごとのようにつぶやいた私に、どれどれと地図を覗き込んだ小鞠さんは、


「ああ、そこは氷華のところじゃな。」


と言った。


(お屋敷と書庫に続く三番目に痕跡が強い場所が、氷華さんのところ・・・)


番所や長老のお屋敷よりも大きいその丸印を見て、また心がざわついてしまう。


(氷華さんって、蒼月さんとどういう関係なんだろう・・・)


前に見たあの恋人同士のようなやり取りが脳裏に浮かんできたものの、あの日、彼女はいないと言っていたわけだしと、謎ばかりが深まる。


(そういえば・・・あの時「おまえだけだ」って言ってなかった?)


「おまえだけだ」という言葉を使うシチュエーションが恋人同士以外に思いつかなくて、またもや胃のあたりが重くなってくる。


そんな私の心の内に気づくことなく、小鞠さんとほむらくんは、さらなる改良を目論んであれこれと議論をしていて、ちょうどその時、玄関の引き戸が引かれる音と共に、


「ごめんくださいませ。」


と言う女の人の声が聞こえた。その声に私たち全員が一度動きを止めたものの、


「私が出ますよ。」


ちょっと気分転換をしたかったこともあり、そう言って立ち上がると、


「では、頼んだ。」

「よろしくー!」


と二人は再び議論を始め、


(私より夢中になってるな。)


私はそんな二人を微笑ましく横目で見つつ、玄関へと急いだ。





玄関にもうじき着くと言うところで、人影に向かって声をかける。


「すみません、お待たせいたし・・・」


ました、という言葉が途中で止まってしまったのは、玄関の中でそこだけ爽やかな風が吹いているような感覚にさせる、透明感あふれる美女がそこに立っていたからで、私を視界に留めたその美女は、


「あら・・・あなたは確か、蒼月の・・・お弟子さん?」


少し首をかしげて上目遣いで微笑んだ姿に、女の私でもうっかり恋に落ちそうなほどだった。


スラリとした長身、銀糸のような長くてサラサラの髪。肌は真っ白にも関わらず、頬はほんのりと桃色に色付いている。

涼やかな真っ黒な瞳は、こちらをじっと伺うように見ていて、少しだけ弧を書いた唇は、頬と同じく薄い桃色だ。


(この人は・・・氷華さんだ・・・)


驚くほどタイムリーに目の前に現れた彼女に、なんという言葉をかけるべきか迷っていると、彼女はにっこりと微笑んで、


わたくし、氷華と申します。つい先程、こちらを蒼月が忘れて行ったので、持ってきたのですけれど・・・」


そう言って、たもとから手拭いを取り出して、私に差し出した。


紺地に銀の糸で雪の結晶が刺繍された手拭いを見て、咄嗟に彼女からの贈り物かなと思った。それを裏付けるように、


「私が選んだお気に入りなのに、忘れていくなんてひどいわよね?」


と拗ねた口調で言うけれど、そんな少し口を尖らせた姿も美しい。彼女じゃなかったら一体なんなのか・・・

そこまで考えて、自分の言葉にふと引っかかった。


『蒼月さんって彼女いるんじゃないんですか!?』


『誰を指しているのか、さっぱり心当たりがないが・・・』


確かにあの日、こんなやりとりをした記憶がある。だけど、そもそも蒼月さんに「彼女」が何を指しているのかは伝わっていたのだろうか。

果たして、ちゃんと「恋仲の相手の女性」という意味で伝わっていたのだろうか。


「いや・・・でも・・・」


仮に伝わってなかったとして、氷華さんと付き合っているなら、私のことを好きだなんて言うわけないし・・・


いや、ちょっと待って・・・まさかの二股・・・?


あれ?でも、その後・・・


『今日からは、おまえが俺の彼女だな。』


って、言ってたよね?だから、意味は知ってるってことかな・・・?


氷華さんを置き去りにして頭の中でぐるぐると問答を繰り返していると、


「あの・・・?」


その声で我に返った私に、氷華さんは、


「これ・・・蒼月に渡していただいてもよろしいかしら?」


差し出したままの手に握られた手拭いを、そっと私の胸に押し付けると、そのまま私の耳元に頬を寄せてそっとささやく。


「蒼月・・・のんびりしてると取られちゃうわよ。」


突然の彼女の言葉にうまく反応できず、渡された手拭いを握る手にぎゅっと力が入る。すると、そんな様子の私をよそに、


「蒼月によろしく伝えてね。お邪魔いたしました。」


すっと背筋の伸びた姿に戻ってそう言うと、一礼をして玄関を後にした。


耳元に残る彼女の柔らかい声と、吐息に乗せられた言葉。彼女の姿が消えた後も、それらは私の胸をざわつかせ、今も頭の中で繰り返されている。


その場に漂うほのかな香りは、彼女の存在をまだここに感じさせるようだった。


冷たい空気を思わせるけれど、どこか甘さも含んだ香り。雪解けの水のように清らかで、それでいて少しだけ儚い。

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