第204話 日常と葛藤 -3-
影渡さん見つけたさでこんな妖術を生み出してしまったものの、隠れていたい人を探せてしまうこんな術が存在しても良いのだろうか・・・
「現場に残された妖力を辿っていく、匂いを辿っていく、それが許されるのであれば、別に良いのではないか?」
小鞠さんに何が問題なのだ?と言わんばかりの顔でそう聞かれると、確かにそれも一理ある気がする。
それでもまだ戸惑いを拭いきれないでいると、小鞠さんは微笑みながらこう言った。
「人間界がどうかは知らんが、この世界では妖術で他者を簡単に殺めることができてしまう。そんな世界でも秩序が程々に保たれておるのじゃ。倫理観はそこそこあると思うが、そうは思わんか?」
そう言われたらその通りだ。それでも、気になっていることを口に出してみる。
「たとえば・・・逆転の発想で、私が例の狐?に同じ術で居所を知られたとしたら・・・怖いです。」
すると、小鞠さんは首をかしげてこう言った。
「おぬしの居場所はすでに奴らに知られておるぞ。だからこその独り歩き禁止令じゃろうが。」
その発言の意味を考えて、理解した瞬間、衝撃が走る。
「ええええ!そうなんですか!?」
そんな私を見て、今度は焔くんが同じような声をあげる。
「ええええええ!知らなかったのか!?」
そんな私たちを見て、小鞠さんが呆れたような声で言った。
「おまえたち・・・」
そして、そこまで言った後、急に何かに気づいたように「しまった」という顔に変わり、ため息をついた後、
「・・・というより、これは蒼月の気遣いじゃろうな。ああ、これは怒られるな・・・」
しょぼんとしたまま「すまぬ・・・」とつぶやいた。そんな小鞠さんの変化の意味がわからず、私は今も首をかしげて見ている。
「蒼月はきっと琴音殿を怖がらせぬよう、伝えていなかったんじゃろうな・・・」
そこまで言われて、初めて何の話かの見当がついた。
蒼月さんからはとにかく一人で出歩くな、としか言われていない。
でも、実は、私がここにいることは先方も承知で、多分ここには結界が張られているから侵入できないだけなのだろう。
だからこそ、家から出る時は一人になるな、ということなのだと理解した。
「ああ・・・なるほど・・・」
居場所がバレているということを知り、身震いした。けれど、この家には蒼月さんも焔くんもいるからきっと安心なのだと思う。
今までだってそうだった。だから、きっとこれからも平気なはず。
「結界ってすごいんですね・・・」
改めてその信頼と実績に感謝する。すると、小鞠さんはホッとした表情に戻ってこう言った。
「我らはさっきも言ったように、いつでも他者を殺めることができる術と共に生きておる。ゆえに、自身の身を守る術を一番最初に学ぶのじゃ。」
確かに、番所でも子供達にしつこいくらいに結界の張り方を教えていたっけ。
「その点、琴音殿の静寂と癒しの結界はある意味最強じゃ。万が一の時は、迷わず結界で身を守るのじゃぞ。」
そう言われて、改めて静寂と癒しの結界に感謝した。そんな時、ふと疑問が湧いてきて、小鞠さんに尋ねてみる。
「というか・・・特定の人を探すような妖術って、ないんですか?」
二人があまりにも感動して褒めてくれたので、その時はあまり考えなかったのだけれど、人探しなんてどこにでもある事案だし、普通にそんな妖術もあるのではないかと思ったのだ。
その疑問に答えてくれたのは小鞠さんで、
「追尾は一般的じゃが、その場にないものを特定の範囲の中で探査・捜索する、というのは聞いたことがないな。」と言った。
まあ、私からしたら、一個人が誰かの匂いや妖力を追尾できることの方が一般的ではないから、こういうのはそれぞれの世界で常識が異なるんだなぁと改めてその違いを実感し、
(とりあえず、私は倫理観を逸脱した使い方をしないよう、改めて気をつけよう・・・)
と、心の中で誓う。
そんな中、焔くんが、ちょっと待っててと言って席を外したかと思うと、数分後、手拭いで包まれた筆を持って戻ってきた。
「誰のかは察しがつくと思うけど・・・この持ち主を探してみようよ!」
そう言って、その筆をちゃぶ台の上に置いた。
「勝手に部屋に入ると怒られるぞ。」
小鞠さんは誰のものかわかっている。私も大体の想像はついている。でも、ちょっと楽しそうだなということもあって、
「怒られちゃうかもしれないけど・・・やっちゃおうか?」
小鞠さんと焔くんを交互に見ると、二人ともいたずらっ子みたいな笑顔になって、
「やっちゃえ!」
「やってみよう。」
ほぼ同時にそう言ったのを見て、
「隠鳥幽索・・・この筆の持ち主を、市ノ街で探してきて。探査条件は「痕跡の強さ」。最大で5箇所見つけたら、帰ってきていいからね。」
対象は蒼月さんだ。市ノ街で探査を行ったら、無数に痕跡が見つかるに違いない。
数を指定することで、飛び立った場所から近い順に5つ見つけに行くことになる。そして、その中で「痕跡の強さ」順に教えてくれるはずだ。
氷の鳥は、それを聞いてすんすんと筆に顔を近づけたかと思うと、再びパタパタと飛び立って行った。
飛び立った軌跡として七色の虹のようなキラキラが撒き散らされていくのを、みんなで見送る。
「何度見ても美しいのう。」
小鞠さんは感心したようにそうつぶやく。それから・・・
「では、待っている間、お茶にしようかの。お茶の用意をこちらに。」
その声を合図に、家事をしてくれる使い魔の小さな炎たちが、お茶を運んできてくれた。




