第202話 日常と葛藤 -1-
思わず小鞠さんに抱きついてしまった日から数日が経った。
–私は私であることを大事にしよう–
小鞠さんの言葉に背中を押されて、比べても仕方がない、そう思えたから、あの日の出来事は私の中ではなかったことになっている。
話があると言っていた蒼月さんも、私の様子を見て考えを変えたのだろう。あれから「話がしたい」とも言われていない。
もちろん普通に会話はしているし、妖術の鍛錬もしてくれている。
ただ、あれから二人で出かける機会もないので、付き合う前みたいな状態と言うのだろうか・・・少しだけお互い何か遠慮しているような状態に戻っている気がする。
気のせいかもしれないけれど、蒼月さんから手や頬に触れられることもなくなった。
倦怠期とは少し違う、付き合い始めの周りが見えていない状態から、ちょっと一歩引いて様子を見ている状態というのだろうか・・・
個人的には付き合い始めの周りが見えていない状態はもっとあっても良かったと思うけれど・・・
そんな関係にちょっぴり物足りなさは感じるものの、今は深入りせず、静観したい気持ちもあるので、特に私からデートのお誘いのようなこともしていない。
蒼月さんはといえば、毎日番所に出かけていて、おそらく今まで通り長老のところにも立ち寄っているのだろうけれど、それを蒼月さんが口にすることはないし、私から聞くこともない。
長老のところ・・・もしかしたらまた美琴さんに会っているかもしれない、と正直モヤモヤすることはあるけれど、それを考え出すとキリがないので、考えるのはやめた。
私は私で今できることをする。
そう決めて、人間界にある黄泉の扉が開くのをどうすれば止められるのかについて考えている。
とはいえ・・・
「私にできることなんて、限られてるんだよなあ・・・・」
誰もいない自室で大きなため息と共につぶやく。
そもそも話のスケールが壮大すぎて、何から手をつけたらいいかわからない。
蒼月さんには「もろもろ俺が調査をするから、おまえは妖術を磨くことだけ考えていろ」と言われていて、妖術は毎日練習しているのだけれど・・・
影渡さんの居場所は相変わらずわからないし、そもそも人間界にある黄泉の扉ってなんなの?である。
「ああ〜、私も名探偵ナントカみたいに、探したい人を見つけられる能力があればな〜・・・」
ふとつぶやいた言葉だったにも関わらず、頭の中で何かがキラリと光ったのを感じる。
「誰かを探す・・・」
そういえば、前に蒼月さんが残された妖力を追う、みたいなことを話していた。
ものすごく妖力を使うと言っていたけれど、それは誰に行き当たるか分からない状態で残された妖力を追うからで、最初からこの人を探したい、みたいなことであれば、また別のやり口があるのではないか?と、ふと思ってしまった。たとえば、警察犬が5人並んだ人の中から特定の匂いを持つ犯人を特定するように。
今回は探したい人が分かっているのだから、この警察犬方式が使えるのではないか。浅はかかもしれないけれど、そう思ったのだ。
「まあ、それはそれでどうしたらいいの?って感じなんだけど・・・」
ひとりごとをつぶやきながら、いいアイデアだと思ったんだけどな〜とばったり畳に伏せっていると、頭の上から焔くんの声がした。
「琴音、何やってんだ?」
最近は暑いこともあって、寝る時以外は部屋の障子は開けっ放しなので、こうしてたまに焔くんが勝手に入ってくる。
「あ・・・いや、それがね・・・」
影渡さんを探したいということは伏せて、特定の人を探す方法を考えていることを口にすると、知っている人の妖力や匂いをたどったり、気になる妖力や匂いをたどって誰かにたどり着くことはあっても、探したい人のそれを記憶して指定した範囲の中をくまなく探すという発想はなかったそうで、
「へー!そんな方法、思いつきもしなかった!人間って面白いな!」
と感心したように言われた。それから、
「せっかく小鞠様と錬金の練習したなら、作ってみたら?」
なんてことない感じでそう言われて、思わず、
「何を?」
と、噛み合わない返事をしてしまった。そんな私を見て、焔くんは笑いながら言葉を続ける。
「何を?って、人間界では犬が匂いで対象者を探すんだろ?そういう妖術を錬金で作ったら?って言ったんだよ。」
その言葉に、私はしばし腕を組んで考える。それから、
「ねえ、簡単に言ってくれるけど、私にそんなことができると思ってるわけ?」
この前小鞠さんに教えてもらった初級編の錬金ならともかく、ゼロから作る上級編なんて、私のような妖術ど素人に何を言ってくれるのか、とハハハと笑いながらそう答えると、
「だって、琴音の中ではそれがどうあるべきかしっかり想像できてるんだろ?そういうのは簡単に錬金できるんだぞ。」
至って真面目な顔をして、焔くんは言う。
「犬じゃなくてもいいんだろ?鳥とか妖精なら空も飛べるし都合がいいよな。琴音は氷の術が得意そうだし、氷で何かの形を作るのもうまかったもんな。だから、氷で鳥を作って、その鳥に特定の妖術や匂いを嗅がせて空に放しっぱなしにしておいて、嗅がせたそれに反応したら場所を教えるように指示する、とかさ。」
ただの鳥じゃなくてもっとカッコいいものだって作れるはずだぞ!と付け加えながら話す焔くんの、スラスラと出てくるアイデアに感心してしまう。
さすが蒼月さんの使い魔というか・・・この、見た目子供の感じからは想像できない賢さだ。
「おい。今おいらの悪口考えてるだろ。」
そして、鋭い(笑)
「いや、ごめん。感心してたのは確かです。」
そう言って笑った私に、焔くんは口を尖らせながら、
「じゃあ、そろそろ午後の鍛錬も始まるし、早速作ってみるかー!」
と、元気よく右手を上げた。
私が考えて形にする錬金・・・それが『私であること』を大事にする一歩になるかもしれない。
そう思ったら楽しくなってきて、
「作ってみよー!」
つい、焔くんと同じように、右手を高く上げていた。




