第201話 鏡の間 -12-
小鞠さんの説明によると、錬金と一言で言ってもいくつかのやり方があるらしい。
妖術と自然界のエレメントを合わせて新しく生み出すもの。自然界のエレメントというのは、水や風などといった元素とも通じるものなので、基本の妖術にさらに別の元素をくっつけて新しいものを作る感覚だという。
他にも、妖術と妖術を組み合わせて作るものや、ゼロからイメージ通りに作り上げるものがあり、後述のものになればなるほど難易度が高くなるという。
聞いているだけだと妖術と妖術を組み合わせる方が、エレメントと合わせるより簡単そうに聞こえたのだけれど、実際はそんなことはないらしく、妖術はまったくもって奥が深い。
ちなみに、焔くんや時報せさんといったいわゆる『使い魔』は、また仕組みが違うらしい。
「簡単なものでやってみようぞ。」
小鞠さんがそう言って、人差し指を立てた。
ワクワクしながらその指先を見つめていると、微かにお屋敷の門が開いた音が、開けっぱなしの障子と縁側のガラス戸の外から聞こえた。それと同時に小鞠さんは指を引っ込めると、
「蒼月が帰ってきたようじゃな。」
と、私を見た。
いつもより早い蒼月さんの帰宅に心臓が跳ねる。
(まだ心の準備ができてないよぉ〜・・・)
内心焦りはあるものの、もう、ここまできたらやるしかない。私はすくっと立ち上がると、
「ちょっとお出迎えに行ってきますね。」
小鞠さんにそう告げて部屋を出て、パシパシと軽く両頬を叩きながら廊下を進んでいく。
(大丈夫、大丈夫。笑って。)
笑顔を作る練習をしながら玄関に向かうと、ちょうど玄関の引き戸が開いたところだった。
玄関に入ってきた蒼月さんとふと視線がぶつかる。
「あ・・・」
と一言だけ発して動きを止めた蒼月さんに、私は笑顔で言った。
「お帰りなさい!」
それを聞いた蒼月さんは、少しの間を経て笑顔になり、
「・・・ただいま戻った。」
と言った。久々のその笑顔に、別の意味で心臓が跳ねる。
蒼月さんの笑顔が好き。一気に胸がキュンとする。だけど、その後すぐにぎゅうっと苦しくなる。
そんな感情に支配されて言葉を発せずにいると、後ろから小鞠さんの声が聞こえた。
「なんじゃ、蒼月。いつもより早いな。」
「ああ、調査に行き詰まったゆえ・・・それはさておき、琴音と何かしていたのか?」
小鞠さんが私の部屋の方から来たことに気づいたのか、蒼月さんは小鞠さんに尋ねた。
「よく気づいたな。今、琴音殿と錬金をしてみようと話していたところでな。」
小鞠さんはそう言うと、私を見上げて「ねー?」というそぶりをする。小鞠さんは私が想像もつかないほど年上だと思われるのに、見かけは小さな女の子のままなので、その仕草がとても可愛らしい。
「あ、はい。ちょっとやってみようということで、今、錬金とは何かの説明をしてもらっていたところでした。」
そこまで言って、先ほどの小鞠さんの言葉を思い出し、言葉を付け加える。
「あと・・・今朝、心配して様子を見に来ていただいたようで・・・すみません。静寂と癒しの結界の中で寝てたので、全然気が付かなくて・・・」
すると、蒼月さんは心なしホッとした顔を見せた。そして、
「あ、いや・・・よく眠っていたのであればよい。むしろ、邪魔せず済んでよかった。」
と、微かに微笑んだ。小鞠さんはそんな蒼月さんを見て、
「では、我らは続きをするとしよう。蒼月はどうする?」
と尋ねる。それを受けて蒼月さんは、特に考えるそぶりもなく、
「湯浴みをして少し昼寝をしたい。また夕餉で会おう。」
と即答すると、屋敷に上がり、自分の部屋へと廊下を進んで行った。
蒼月さんの後ろ姿が消えるまで蒼月さんの背中をぼんやりと見送っていると、小鞠さんが楽しそうに小さな声で、
「何やら昨日はあまり眠れんかったらしいぞ。何かあったのかの。」
そう言って、廊下を私の部屋に向かって歩き出した。
小鞠さんの言葉を聞いて、私の胸が再びざわついた。眠れなかった理由がなんなのか・・・それを考え出すと、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。
蒼月さんの気持ちを直接聞けばいいのに、聞けない自分が情けない。聞けない代わりに、自分の中であれこれ想像しては落ち込む。
そして、その想像のほとんどが、私にとって都合の悪い結論ばかりで・・・結局、自分で自分を追い詰めてしまう。
そうしてしばらく廊下を歩いている中、
「琴音殿、どこへ?」
小鞠さんの言葉に我に返ると、考え事をしていたせいで自分の部屋を通り越そうとしていた。
「ああ!すみません。考え事をしていて・・・」
引き返して部屋に入ると、小鞠さんは畳の上にペタンと座り込んだ私の目をじっと見て、
「琴音殿は素直で明るく、その笑顔は周りのものを幸せにする。わらわは琴音殿と共におると、心が安らぐぞ。」
そう言われて、その突然の褒め言葉に少し戸惑い照れていると、
「琴音殿は琴音殿であることが大事じゃぞ。」
と、なんでもお見通しといった自信に満ちた表情の小鞠さん。
そんな小鞠さんが、今の私には救いそのものだった。
抱きつきたい、と思った。
でも、今までの小鞠さんとの距離感を考えると、そんな行動は恥ずかしい・・・そう思った次の瞬間、気づけば、私は勢いのまま抱きついていた。
「わわ!なんじゃ。」
温かくて、柔らかくて、どこか安心する香りがする小鞠さん。
何も言わずに抱きしめてくれる小さな身体に、心の奥で絡まっていた何かが、少しずつほどけていくような気がした。




