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第198話 鏡の間 -9-

夕食の準備を始めてすぐに、湯浴みを終えた蒼月さんが食堂に入ってきた。


「琴音!」


その声を聞いて、心臓が跳ねる。でも、私はゆっくりと振り返り、笑顔で蒼月さんに返事をする。


「あ、蒼月さん!戻りました!」


少し慌てていた様子の蒼月さんだったけれど、私のその言葉を聞いて意外そうな顔になる。

そんな蒼月さんを見て、私は言葉を付け加えた。


「昼寝しちゃっててすみません・・・なんか、すごく疲れてしまっていたみたいで・・・」


えへへ、という顔を作り、ぺこりと頭を下げる。すると、蒼月さんは少し拍子抜けをしたような顔で、


「そ、そうか・・・」


と言った後、


「話があったのだが・・・今日はやめておいた方がよいか・・・?」


私の顔色を伺うように、尋ねてきた。


その言葉に再び心臓が大きく波打ったけれど、なんでもない素振り、なんでもない顔で答える。


「そうですね・・・実は体調があまり良くなくて・・・今日はちょっと早めに寝ようかなと思うので・・・できたら別の日でもいいですか?」


これは本当で、実は身体がものすごくだるい。泣きすぎて頭が重いのもあるけれど、泣くって結構体力を使うから、それだけでも十分疲れている。

千鶴さんの咄嗟の判断で昼寝をしていたことになっているけれど、実際に眠っていたわけではない。

本音を言えば、今、空腹よりも睡眠を選びたいくらい眠いのだ。


それでも、帰ってきてすぐに部屋になんてこもったら、みんなに心配をかけてしまう。

なので、こうしてあえてお手伝いをしている。


「あと、できたら明日は鍛錬全部お休みさせてください・・・」


そう言って頭を下げていると、ここで、ハンバーグを焼いていた小鞠さんが、手を止めて蒼月さんに声をかけた。


「して・・・おぬしは手伝いに来たのか?」


「あ、いや・・・琴音が戻ったと聞いて・・・」


「なんじゃ、過保護じゃな。無事戻ったのであれば心配なかろうて。」


そう言われて、蒼月さんは言葉に詰まる。


「他に用事がないのなら、おとなしく座って待っておれ。でかい図体でうろつかれると邪魔じゃ。」


小鞠さんがこうしてさりげなく私を守ってくれているのが身に染みる。そうして小鞠さんに追い打ちをかけられた蒼月さんは、


「すまない・・・」


しゅんとしてそう言うと、大人しく席に着いてお茶を飲み始めた。小鞠さんは小鞠さんで、蒼月さんには見えないところで私にパチンとウインクをする。


(ふふふ・・・)


声にならない声で思わず私が笑ってしまうと、小鞠さんはそれを見て安心したようにハンバーグの調理を再開した。

私は私で小鞠さんの隣でこねられたハンバーグを成形しているのだけれど・・・


(なんか・・・絶対に見られてる・・・・)


背中に目がついていないので確証はないのだけれど、蒼月さんからじっと見られている気がしてならない。

それをなるべく気にしないようにハンバーグ作りを進めていると、このいい匂いに釣られたのか、ほむらくんが歌を歌いながら食堂に入ってきた。


「はんば〜ぐ〜♪はんば〜ぐ〜♪おいら、大好き、はんば〜ぐ〜♪」


何それ、と思わず笑ってしまう。そんな私を見て、ほむらくんが口を尖らせて言った。


「なんで笑うんだよ〜。琴音のハンバーグも食べちゃうぞ!」


(ハンバーグが好きすぎでしょ。)


その言葉にさらに笑ってしまった私は、焼き上がったハンバーグをほむらくんには二つ載せると、


「いいよ。私、今日は体調が悪いからもう寝ようと思ってて・・・そんなに好きなら、私の分も食べてね。」


そう言って、ハンバーグと目玉焼きの載ったお皿をそれぞれ蒼月さん、小鞠さん、ほむらくんの席に置いた。


それから小鞠さんには、


「すみません。さっきも言いましたが、食欲より眠気が強くて・・・もう寝ます・・・」


改めてそう説明して頭を下げると、「うむ。」と言った小鞠さんは、


「ハンバーグはまだあるゆえ、夜中にお腹が空いたら温めて食べるがよい。」


そう言った後で、


「ゆっくり休むのじゃぞ。」


と、微笑んだ。それから、


「えー、琴音、食べないの〜?」


と騒いでいるほむらくんと、私をじっと見つめる蒼月さんに背中を向けた瞬間、胸が締め付けられるような感覚がした。

何もなかったことにしてやり過ごすためにも、今は距離を置いて思考を整理したい。

逃げないと言いながら、距離を置こうとしている自分が情けない。けれど、もう笑顔を作るのも限界なのだ。


小さく深呼吸をした私は、食堂の入り口で振り返り、みんなにもう一度一礼をして、食堂を後にした。


「では、おやすみなさい・・・」


そう言いながらも自分の中では自問自答を繰り返している。

距離を置くことが正解なのか、不正解なのか・・・


すぐには答えは出せそうにないけれど、今はとりあえずゆっくりと眠ろう。


明日はきっと笑顔になれる。


そんなことを考えながら、廊下の薄明かりがやけに寂しく感じられる中、私は自分の部屋に向かって歩を進めた。

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