第191話 鏡の間 -2-
朝餉の後、蒼月さんは昼過ぎに戻ると告げていつも通り番所に出掛け、私も、いつも通り、焔くんとの鍛錬をこなす。
平均台のバランス鍛錬はだいぶ小慣れてきて落ちることは無くなっていたのに、
「琴音って、蒼月様のこと好きだったんだな。知らなかった。」
突然そう言われて、動揺して水に落ちた。
「あははは!久々に落ちてやんのー!」
一体誰のせいなのか・・・いや、私の修行が足りないんだよね・・・悔しいけれど、動揺したのは私だ。返す言葉が無くて黙っていると、
「琴音が蒼月様のこと好きだってもっと前から知ってたら、蒼月様も琴音が好きだよーって教えてやれたのにな!」
そう言われて、その言葉の意味を理解するまでに少しかかった。サラサラと流れてくる水に洗われながら、その意味に気づいたのは少し時間が経ってからで、
「え!どういうこと!?」
思わずびしょ濡れのまま立ち上がった私に、
「どうもこうも、俺は蒼月様の使い魔だから、主人の気持ちは多少は感じるしな。」
そう言って、私を小川から引っ張り出した。
(いつから!)
いつから蒼月さんが私のことを好きでいてくれたのか知りたい。そんな気持ちが無性に湧いてきたものの、それを本人以外に聞くのはルール違反だと思いとどまった。
でも、そんな葛藤をしている私に焔くんが言ったのは、
「まあ、おいらは、琴音は翔夜と恋仲だと思ってたからな〜。近くに蒼月様というめちゃくちゃすごい人がいるのに琴音はバカだな〜って思ってた。」
思いもよらない言葉で、そんなわけないのにと思いつつ、ここで言い訳してもな・・・と思っていると、
「琴音も蒼月様の良さがわかってたってことで嬉しかった!ありがとな!」
なんて言ったから、なんだか使い魔の主人への愛みたいなものを感じて、ちょっと感動してしまった。
そんなこんなでこの鍛錬は中断し、びしょ濡れの私は湯浴み処へと行き、またもや小鞠さんに着替えを持ってきてもらうという失態を犯す。
そして、小鞠さんの移り香なのか、着替えからほんのりシフォンケーキの香りが漂ってきて、思わずお腹が鳴ったのを聞いて、さっき昼を食べたばかりなのに・・・と、そんな自分に笑ってしまった。
しばらくすると、蒼月さんが屋敷に戻ってきた。そして、予定通り、それからすぐにシフォンケーキを携えて、二人で長老のお屋敷へと向かったのだけれど、お屋敷を出てすぐに、蒼月さんの手が私の手に触れた。
(!!!)
あまりにも自然に手を繋がれて、嬉しいのに恥ずかしくて、思わずふふふと微笑んでしまった。
この、付き合い始め感満載の甘酸っぱくも爽やかで、それでいて濃厚な甘さに溺れているみたいな感情に包まれて幸せを感じる。
(ちょっと前までモヤモヤしたり悲しかったりで大変だったのに、私も現金だな・・・)
そんなことを考えながら、隣を歩く蒼月さんを見上げると、私の視線に気づいた蒼月さんも、私を見た。
「どうした?」
「・・・手を繋いで一緒に歩けるのが嬉しいな、って。」
素直に気持ちを伝えると、蒼月さんもフッと優しく微笑んで、
「そうだな。こうしておまえと手を繋いでいると、なぜかとても安心する。」
そんなことを言ってくれるものだから、私はさらに嬉しくなってしまう。このままだとぐずぐずに惚けそうなので、正気に戻るために、気になっていることを聞いた。
「ところで、今日はどうして長老のところへ?」
「ああ、白翁殿が俺と琴音に話したいことがあると言ってきてな。」
長老からのお話・・・なんだろう、少しだけ胸がざわつく。そんな私の心配を感じたのか、蒼月さんは少しだけ手を握る力を強めた。
「心配するな。悪い話ではないだろう。おそらく俺とおまえに共有したい話があるだけだろう。」
きゅっと握られた手に勇気付けられるようにうなずくと、
「そういえば・・・白翁殿にもまだ俺たちのことは言っていないのだが・・・どうする?」
私への相談なのか、それともひとりごとなのか微妙な感じでつぶやいた蒼月さんに、
「怒られますかね・・・」
前に蒼月には関わるな、と言われたことを思い出して、恐る恐る尋ねてみると、
「やはりそうなったか、って言われるくらいだろう。」
と、はははと笑う。それから、
「白翁殿は、おまえがこちらに来た時からすでに、俺たちがこうなるだろうと思っていたくらいだからな。」
と、予想だにしなかったことをさらりと言った後で、
「まあ・・・絶対ない、と言いながら、おまえに惹かれてしまったのは俺だからな。万が一叱られることがあれば、俺が謝ろう。」
そう言って、私を愛おしそうに見つめたかと思ったら、空いている方の手で私の頬をするりと撫でて、
「誰に何を言われても、もう今更おまえを手放すことなんて、できないからな。」
そんなことを間近で言われたものだから、私は一瞬で頬を真っ赤に染めて、それを見た蒼月さんは、
「俺の琴音は可愛いな。」
さらにそう言って追い討ちをかけたくせに、
「さあ、白翁殿が待ってるぞ。」
と、何もなかったような顔で、私の手を引いて歩き出した。
 




