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第188話 境界線を超える予感 -11-

心臓のドキドキが止まらない。


早く帰って来れた蒼月さんにも少しだけ妖術を見てもらい、夕飯も食べて、今、私は、自分の部屋で蒼月さんの訪問を待っている。

影葉茶の湯飲みを手に取ると、手が少し震えているのがわかった。落ち着こうと思って飲むたびに、逆に緊張が増している気がする。


(お湯もらうついでに、お手洗い行こ・・・)


そうして部屋に戻ってくると・・・


「あ・・・」


薄い月の夜空の下、微かに響く風の音の中、蒼月さんの姿が縁側にぽつんと浮かび上がって見えた。そのシルエットを目にした瞬間、胸の鼓動がさらに速くなるのを感じた。


「すみません、お待たせしちゃって・・・」


そう言って、部屋の中へと促す。


「いや・・・こうして縁側から庭を眺めるのもよいものだな。」


少し名残惜しそうに庭をぐるりと見渡した後でゆっくりと立ち上がった蒼月さんに、


「じゃあ、縁側でお話ししますか?」


そう言って、部屋の中から座布団二枚を持ってきて、縁側に敷く。

それから、座布団の上に座った蒼月さんを視界の端で捉えつつ、部屋の中でお茶を淹れた私は、同じように縁側に敷いた座布団の上に腰掛けると、淹れたばかりのお茶を自分と蒼月さんの間にそっと置いた。


一口口を付けた蒼月さんが、私に向かってゆっくりと問いかけた。


「では、話を聞こう。何か困り事でもあるのか?」


話したいことがある、とストレートに言うことができなかった私は、相談したいことがある、と言って蒼月さんと約束をしたのだ。

さらに、心配顔の蒼月さんは言葉を続ける。


「鍛錬がきついとか・・・身の回りの品で足りないものがあるとか・・・」


「あ、違います・・・」


「では、この家で何か問題が生じたとか・・・」


「いえ、皆さんよくしてくださってます。」


会話の流れをストーリー立てして考えていた私は、だんだん話が逸れていってしまっていることに気付きつつも、軌道修正のすべが思いつかない。


「そうか・・・」


うーむ、という仕草で考え事をする蒼月さんに、こちらから話しかけようとした瞬間、躊躇する自分がいた。


(本当に今から告白するの・・・?)


言葉を紡ぐタイミングを考えている間に、少しずつ心の中に不安が広がる。


(いや、違う。ここで言わないと、後悔する・・・)


心を落ち着けるように、軽く膝に手を置いて深呼吸をする。それでも、どうしても言葉が喉元で引っかかる感覚が抜けない。

ふと視線を上げると、蒼月さんはまだ考え込むような仕草をしていた。その横顔は、いつもと変わらない静けさと優しさに満ちていて、私の緊張を少しだけ和らげる。

そして、頭の中で何度もタイミングを計る自分に、思わず苦笑いが漏れそうになる。


「蒼月さん・・・」


さっきまでのイメージトレーニングも、今からここに続ける言葉も全部頭から飛んでしまっていたけれど、


「そういえば、お見合いってどうなったんですか?」


だからと言って、自分の口から出てきたこの言葉は、自分でもあんまりだと思ったし、私と目が合った蒼月さんの顔も、それを物語っていた。


「・・・は?」


最近ちょっとこのリアクション多くない?今までの冷静キャラからは想像もつかなかったこの反応、私は結構好きなんだけれど。

思わずクスリと笑ってしまったものの、蒼月さんはそれで我に返ったようだ。


「ああ、あれは・・・おまえには関係のない話だ。」


そう言われて、少なからずショックを受けた。でも、他にも聞きたいことがあった私は、質問を続ける。


「一緒にお昼を食べていたあの綺麗な人は?」


「ん・・・?瑠璃るり殿は・・・見合い相手だ。」


やっぱり!


「でも、蒼月さんって彼女いるんじゃないんですか!?」


勢いでものすごいことを聞いてしまったことに気づいて、思わず口をつぐむ。

蒼月さんは、その質問に少し首を傾げながら何かを考えるそぶりを見せた後、


「誰を指しているのか、さっぱり心当たりがないが・・・」


と言った。その煮え切らない、曖昧な態度にだんだん腹が立ってくる。


蒼月さんにとって、私は彼女たちとは比べ物にならないほど幼くて、なんの取り柄もなくて、しかもただの人間で!恋愛の対象外なんだろうなというのはなんとなくわかっていた。


それなのに、女慣れしているこの人にいいように勘違いさせられて、今ではこんなに好きになってしまった。


勝手に勘違いしたのは「私」だって、分かってる。分かってるけど・・・


「蒼月さんは、ずるいです・・・」


普通は見合い相手や彼女のことなんて持ち出したら、私が何を言いたいか、知りたいかなんてわかるはずなのに、何も気づいていないふりを続けている。

腹も立つし、悔しいし、もう気持ちがごちゃごちゃだ。


(言葉にしなきゃわからないなら、言えばいいんでしょ!)


まるで子供が癇癪を起こしたかのごとく、どうした?という顔で私を見ている蒼月さんに向かって、つい強い言葉が口から飛び出す。


「私は!蒼月さんのことが!」


そこまで言った瞬間、蒼月さんの表情かお強張こわばった。

そして、その表情の変化に気を取られて次の言葉を繰り出せずにいると、蒼月さんの大きくてひんやりした手が、私の口を塞いだ。


それから・・・


「琴音・・・」


口を塞がれたまま急に名前を呼ばれて、心臓が止まるかと思った。


私の記憶の中で、蒼月さんが私に向かって私の名前を呼んだのは、初めてだからだ。


「すまないが、その話はちょっと待ってくれ。」


そう言って、蒼月さんは申し訳なさそうな顔で私を見ると、私の口を塞ぐ手を離し、ふと視線を逸らした。

だけど私は、視線を逸らしたままの蒼月さんから目が離せない。


いっぱい悩んで、いっぱい考えて、いっぱい勇気を振り絞って、たとえ最終的には衝動に背中を押されたとはいえ、いざ告白しようとした時に、それを止められてしまった。

なぜ話を止められてしまったのか、その疑問が頭の中を駆け巡る。

この流れって、絶対告白だってわかってるよね?私の気持ちが迷惑だから?


失望という気持ちよりも、悲しみが胸を締めつける。

徐々に今の状況を理解し始め、胸の奥からじわりと込み上げてくるものを必死に抑えようとするけれど、そうしようとすればするほど、視界がじんわりと滲む。


(泣いちゃ・・・だめ。)


そう自分に言い聞かせているのに、こらえきれなかった涙が、一粒だけ頬を伝って落ちた。

その感触に気づいた瞬間、私は慌てて袖で拭おうとしたけれど、それが逆に蒼月さんの視線を引いてしまった。


「おい・・・どうした!?」


驚いた様子でそう叫んだ蒼月さんの声に、涙をこぼしたことを知られてしまった恥ずかしさと悔しさが一気に押し寄せる。


「い、いえ・・・なんでも・・・」


言い訳しようとするけれど、言葉は詰まり、ぼやけた視界の中の蒼月さんの顔を直視できない。 すると、蒼月さんは私を見て一瞬躊躇した後、小さく息を吐き、


「すまない・・・違うんだ・・・」


そう言いながら、私をそっと抱き寄せた。

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